急行用機関車

門司駅、1961(昭36)年2月下旬~3月上旬頃。

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いいなぁ、こんな場所でカメラ構えても誰も捕まえに来なかったんだもんなぁ。

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しかもC59の1号機、国鉄史上最も急行が似合う(と個人的に信じている)機関車のトップナンバーですよ!

んで、ここから海底トンネルくぐるために付け替える機関車がEF10。

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EF56でもEF57でもない、はやぶさ(特急)なのにEF10牽引とゆーのが関門トンネルをまさに関門トンネルたらしめているでわあーりませんか!

そのうえあっちの方には

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先頭に付くC59を待つかもめ。

博多まであと50分、第四コーナーを回って残り3ハロン、最後の直線コース!

九州は緯度(←経度を緯度と書き間違えました、済みません、ああ恥ずかしい…)の分だけ日没が遅いから、早春でも18時ならじゅうぶん写真に写せたんですね。駅といい撮影位置といい時間といい、誰にも叱られずにこんなベストコンディションで汽車を見物できたなんて、まつしまの世代から見たって『なんと羨ましい!』に見えるんですから、ましてや今のファンなら羨望を通り越して嫉妬しか感じないかもしんないですね。




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コメント

Champcar97

まつしまさん、こんばんは。
やっぱりいいですよねぇ、こういう風景は。
わたしも、じかに見たかったものです。
でも、「はやぶさ」は20系になっているのですが、
「かもめ」は相変わらず「カラス列車」なんですね(笑)
ところで、日没時間、九州が遅いのは、経度の違いだったような。。。。

急行まつしま2号

Re: はいっ!仰せの通りでございますっっ!!
Champcar97さん:こんばんは、コメントありがとうございました。

仰せの通りでございます。東経と北緯を書き間違えました、お恥ずかしい限りです m(__)m


土下座して刺身包丁で切腹したいくらい恥ずかしいんですが、いま切腹すると自殺の是非よりも銃刀法違反で家族に迷惑がかかりそうなので、誠に遺憾ながら思いとどまることにしました。お許しください。

宮脇俊三・最長片道切符の旅の筑肥線に、『東根室(北緯43度19分・東経145度35分)から平戸口(北緯33度21分・東経129度34分)まで経度にして約16度、時差1時間4分』という記述があり、得意になってそれを引用したつもりで肝腎の経度と緯度を書き間違えました。

かもめはキハ82になったとき(36-10改正時)に長崎行・宮崎行に変わりましたよね。一度も乗ったことないんですが、級友や同僚から何枚も特急券を貰ったので、なんとなく乗ったような気分になっています(苦笑)。

ミスター54

この時代
いやあ、幹線用大型蒸気と20系ブルトレの組み合わせ、あまり長くはなかったと思います
2歳のころ親に連れられて本州西部の親戚を訪ねた時、20系ブルトレに乗っていて、広島から西はSLけん引だったよ、と親は言うのですが記憶に全く残っていないのが何より悔しいです

20系もいいですが、かもめの10系客車のスマートな編成、後年にはなかなか見られなかったですね。10系軽量客車は落とし込み窓の構造や、軽量化し過ぎて劣化が早かったのか、はたまた乗り心地で評判が悪かったのか、かなり早いうちからバラバラに普通列車に組み込まれていることが多かったような気がします
 そんななか、昭和年代前半の紀勢本線普通夜行列車、名古屋⇔天王寺「南紀」(後のはやたま)は非電化時代、寝台も座席車もすべて10系軽量客車で蘇生された編成に乗車したことがあります。偶然にしてはできすぎているので、おそらく非力なDF50の牽引定数の関係だったのではないかな、と思っています

それにしてもこんな編成の綺麗なかもめに乗りたかったです。速かったでしょうねえ!

急行まつしま2号

Re: この時代
ミスター54さん:こんにちは、コメントありがとうございます。

南紀→はやたま(921レ・923レ/924レ・926レ)はワタシも好きで何度か乗りましたが、オール10系客車の編成に当たったことはありませんでした。10系客車は東北線や常磐線でもちょくちょく遭遇しましたが、特に乗り心地が悪かったという記憶がありません。とゆーか、汽車に乗ってるだけで嬉しかったので、キハ17くらい明瞭なガタガタさでないと(なんだこの汽車?)なんて感じない単細胞だったんだろうと思っています、お恥ずかしい(苦笑)。

はやたまのB寝台は確かに10系でしたが、冷房積んでだいぶ重くなったオハネフ12とスハネ16で走行音は10系客車独特の甲高いカンジではなくなっていた(たしか台車も履き換えさせたんでしたよね?)と思います。重たい寝台車のせいかどうか、新宮⇔和歌山はDF50の重連でしたね。

大型蒸機と20系、小4のときに草野だか四ツ倉だか久ノ浜まで親爺に連れて行かれて自分の目で上りのゆうづる見たことがあるんですが、夜が明ける前で眠かったのでなんも覚えていません。甚だ残念です。鷹司平通が作った【栄光の機関車・C62】というレコードがありまして、A面の一発目にC62牽引のはやぶさが出てきます。95km/hまで目一杯出しているらしく、10系かもめもこんな音たてて走ってたんだろーなー、なんて思っております。音源は Youtubeにアップして皆さんにご紹介しようかと思ったんですが、バカで粘液質の変態に連絡船の録音について執拗に絡まれて、ウザくてバカバカしくてめんどくさくなったのでやめました。

20系の残念写真で、(これは20系だから撮れた)というカットを見つけましたので、近いうちにご紹介しようと思っております。

YASUAKI.U

いつも楽しく拝見させていただいています。門司駅でのC591のはやぶさと大変貴重な写真を拝見でき嬉しいです。フル編成の20系を引いて鹿児島本線を疾走とか迫力があったでしょう。現役時代を見て見たかったものです。C591は九州鉄道記念館でいつも拝見している機関車です。開館営業時間前に職員である私の父が機関車をコツコツと磨いております。そう遠くはない縁が機関車ですので、お写真を拝見できてうれしいです。

急行まつしま2号

Re: C591
YASUAKI.Uさん:こんにちは、とゆーか、初めまして、ですよね。ようこそ当ぽんこつブログをお訪ね下さいました、ありがとうございます。なんと、御父上はC591のお世話係ですか、これは羨ましい!偶然にも当方ただいま失業者で、機関車のお世話をさせて頂けるなら北海道でも九州でも移住するつもりで職安の係員に相談しておりますが、そんなラッキーな職種の求人は皆無でありまして…(笑)。

そのC591ですが、2017年1月に書いた記事に旧博多駅で出発直前のカットがありました。

 ↓ これッス♪

https://w563p0j9cfbo.blog.fc2.com/blog-entry-3959.html

撮影者(小生ではありません)は九州へも二度ほど撮影に訪れており、『昭和30年代、すねかじり(大学生)の分際でなんと贅沢な!』と思っていますが、タイミングがベストだったようで、門司に異動する直前のEF301が米原駅に貨物列車を牽いて入ってくる写真(以下の3件)なども記録しております。

https://w563p0j9cfbo.blog.fc2.com/blog-entry-592.html

https://w563p0j9cfbo.blog.fc2.com/blog-entry-956.html

https://w563p0j9cfbo.blog.fc2.com/blog-entry-1748.html


膨大な件数の記事がありますが、根気強くお探しいただけばさらにお楽しみいただける写真も混じっているかもしれません。今後ともご交誼のほどよろしくお願い申し上げます。m(__)m
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プロフィール

急行まつしま2号

2019/8/12 に Yahoo blog から移ってきました。2008/3/28 から活動しています。

残念写真はFH君(高校時代の同級生)の叔父さん(故人)が1960~62年にかけて撮影したもので、まつしま(以下、管理人という)は約40年前、高校卒業時にそのベタ焼きスクラップ帳をFH君から預かりました。

約半世紀が過ぎ、管理人にも終活準備の必要が迫ってきましたが、どの被写体もこのまま埋もれさるのはあまりにも惜しいと考えて公開を決意しました。

全ての記述と残念写真を除く全ての画像は、管理人によるものとお考え下さい。従って、残念写真に対する苦情・異議等は、いっさいお受け致しかねます。この点、あらかじめご了承頂くとともに、不同意の方の閲覧は(たとえ記事が全公開に設定されている場合であっても)お断り致します。

また、残念写真以外の全てについては、管理人の責任と権限で対応致しますが、管理人が【適切でない、相応しくない、好ましくない、不快である】等と判断した書き込みは、発見し次第、全て管理人の一存で警告なしに即刻削除します。この点も併せてご了解頂きます。

なお、上記の点は、全て【管理人の固い意思】であって【どなたからどのような種類の申し入れ等があっても応じない】こと、及び【どなたとの議論にも応じない】ことを、あらかじめ明記しておきます。

これらの方針に同意されない方の閲覧は当方から固くお断り致しますので、どうぞ速やかにご退出ください。

記事を閲覧される方は、(万が一紛議等が生じた場合も含めて)全てここに記述した方針に同意され応諾された方として対処致しますので、念のため此処に併せて明記しておきます。

原則的に【来る者は拒まず】が基本スタンスですが、ただし、管理者に対して過去に敵対的言辞等を執った事実のある者からの再接触等は、たといそれが当該敵対的行動の撤回及び謝罪並びに釈明等であっても、その全てを拒絶します。

もし釈明や和解の必要を感じたなら、その時点で直ちにそう処置した筈であり、またそう処置すべきでもありました。それをしないまま再接触を図るということは、

①なんらかの意図があって、非敵対的な態度を偽装もしくは隠蔽している

②記憶力に欠陥のある攻撃的性格

上記①または②のいずれかと考えざるを得ません。すなわち将来に於いて再び敵対的言辞を吐き散らし敵対的行動を執る危険性が極めて大きい者である可能性を窺わせる者である、と見做し得るわけで、そういう面倒くさいヤツと関わり合うのは金輪際願い下げ、二度と御免蒙ります。

そんなヤツに愛想笑いなどする気は全くありません。見つけたら直ちに叩き出して塩を撒くので、そのつもりで。

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