ひかりは北へ

70年代後半、仙台駅ビルに立ち寄った経験のある方ならひょっとするとご存知かもしれませんが、それでも知っている人やうっすらと記憶に残っているとおっしゃる人は圧倒的マイノリティーなんだろーなー、と想像しております。

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これに見覚えのあるかた、どれくらいいらっしゃるでしょう。

タダで好きなだけ持ってくることができた切符【みたいなモノ】ですので、一人で何十枚も取って持ち帰った人もおられたかもしれません。

これは仙台駅がいまの駅舎になり、翌78(昭53)年3月に駅ビルの商業施設(S-PAL)が営業を始めたとき、その片隅に設置されたロコモ館なるこぢんまりした鉄道紹介コーナーに置いてあった模擬券です。

ちなみに今の形で駅全体の供用が始まったのは82(昭57)年6月23日、新幹線開業日からでした。

緑色が半ば褪色して識別しにくくなっていますが、962試験車に【ひかりは北へ】のコピーを配した意匠が刷り込まれていて、それなりに手がかかったブツになっています。

 ※切り抜いてモノクロに加工した画像を追加しておきました。

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これが出札口の乗車券棚に並んだブリキ製のスタッカーに充填されて、ロコモ館の奥にちんまりと鎮座していました。

 ↓ 乗車券棚というのはこれです。大井川鐵道の現役乗車券棚

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来館者は裏面を見せている一番手前の券に親指をかけ、出札掛と同じしぐさで自分で引き抜いて持ち帰るという、ちょっとおもしろい趣向になっていました。

普段、旅客が自ら乗車券棚に手を触れる機会なんてありませんから、出札掛の動作を真似てみたかったんでしょうか。券が欲しいわけでもなさそうな子供が、続けざまに何枚も引き出して、引き出した模擬券はそのままそのへんにうっちゃらかして帰ってしまう様子をしょっちゅう見かけました。躾の悪いガキめ、親はどんな顔してやがんだ、なんて憤慨しながら取っ散らかった券をスタッカーに戻したことも何度かあります。

ですんで、その当時はゴミみたいにそこいらじゅうに散らかってましたが、いつの間にか(たぶん模擬券を払い切った頃なんでしょう)撤去されて、そのうちロコモ館自体が消えてしまいました。まぁ、駅ビルはテナント料稼ぐのが商売ですから、一銭にもならないスペースなんて経営者には目障りでしょうがなかったに違いありません。ですんで、経営者がひと声「やめ!」と怒鳴ったらひとたまりもなかっただろうと思います。

といった具合で、いっときは珍しくもなんともなかった仙台駅の模擬券ですが、半世紀近く経ってみると、こんなの後生大事に保存してる人はそうそういないんじゃないかと思い、「ちょいと皆さんのお目汚しに」なんて思った次第です。

さて、「ひかりは北へ」のコピーですが、東海道のひかりタイプがやまびこ、こだまタイプがあおばとそれぞれ決まったのは、開業前年(81(昭56)年)の10月29日。分割民営化を見越してかどうかは判りませんが、東海道山陽新幹線との相互運転は当初から計画されず、したがって東京から北へ向かう列車をひかりと呼ぶかどうかなぞ国鉄部内では一顧だにされなかったようです。

しかし、当時新幹線といえば誰がなんと云おうと【ひかり号】。人々のアタマの中で新しい線路をこっちに向かって走ってくるのも当然ひかり号に決まっちゃっていて、漢字で新幹線なんて書くのは煩わしい、それにひらがなのひかりの方が断然速そうに見えるし親しみだって倍加する、ってことだったんでしょうね。

ですんで、東北新幹線の列車名がやまびこ&あおば、上越新幹線あさひ&ときに決まったというニュースが流れたときには、「えーっ!!なんでひかりじゃねえんだよーーっっ!?」みたいな声がかなりあちこちで(とゆーか、沿線の全ての地域で)上がったんだそうです。

 ↓ 列車名をひかりに決めちゃった駅弁業者の後始末(笑)なんてのも書きました。

https://w563p0j9cfbo.blog.fc2.com/blog-entry-1533.html


時期の異なる歴代キャッチコピーの DISCOVER JAPAN といい日旅立ちをふたついっぺんに並べちゃった(ヤケクソっぽい)券面に漂うカオスもなかなかのもんですが、とはいえちゃんと硬券の用紙を使って、ひかりは北へのキャンペーン意匠まで別刷りで加えてしつらえた立派な模擬券は、『仙台印刷場が健在なればこその労作』ということなんでしょうねぇ。

付け加えると、この年の6月12日に起きた宮城県沖地震(マグニチュード7.4)で建設中の新幹線がいたるところで損壊、開業延期を余儀なくされました。仙台印刷場も被災し、しばらく東京印刷場の応援を仰ぎました。そのときの東京仕様の切符については、昨年10月25日の記事で画像を添えてご紹介しておりますので、興味を覚えた方はどうぞご覧ください。

 ↓ こちら

https://w563p0j9cfbo.blog.fc2.com/blog-entry-5046.html





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コメント

Champcar97

ひかりは北へ
まつしまさん、おはようございます。
「ひかりは北へ」、私も覚えています。
また、ロコモ館、ありましたね。私も行きましたよ。
でも、乗車券棚は覚えていないんですよね。切符(?)はあるかもしれないので、探してみます。
ところで、「ひかりは北へ」に関する記事を見つけました。
https://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2903Y_Z20C14A1000000/

急行まつしま2号

Re: ひかりは北へ
Champcar97さん:こんにちは、コメントありがとうございました。

ですよね♪

仙台駅にそんなもんがあれば、貴兄がご存知ないワケがない(笑)。でもあそこの展示、おもしろいと思ったことありましたか?

つまんなかった、とまでは云いませんけど、なんか、全体に奥歯にモノが挟まったみたいな、あるいは、教室で教諭に「おまえの論旨は結局なんなのか?」と云われたときの自分の姿にクリソツとゆーか…(苦笑)。

乗車券棚ですが、画像のように本格的なしつらえではなく、券を収めたスタッカーがひとつだけポツンを立ててあって、なんとも侘しい姿でした。
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急行まつしま2号

2019/8/12 に Yahoo blog から移ってきました。2008/3/28 から活動しています。

残念写真はFH君(高校時代の同級生)の叔父さん(故人)が1960~62年にかけて撮影したもので、まつしま(以下、管理人という)は約40年前、高校卒業時にそのベタ焼きスクラップ帳をFH君から預かりました。

約半世紀が過ぎ、管理人にも終活準備の必要が迫ってきましたが、どの被写体もこのまま埋もれさるのはあまりにも惜しいと考えて公開を決意しました。

全ての記述と残念写真を除く全ての画像は、管理人によるものとお考え下さい。従って、残念写真に対する苦情・異議等は、いっさいお受け致しかねます。この点、あらかじめご了承頂くとともに、不同意の方の閲覧は(たとえ記事が全公開に設定されている場合であっても)お断り致します。

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原則的に【来る者は拒まず】が基本スタンスですが、ただし、管理者に対して過去に敵対的言辞等を執った事実のある者からの再接触等は、たといそれが当該敵対的行動の撤回及び謝罪並びに釈明等であっても、その全てを拒絶します。

もし釈明や和解の必要を感じたなら、その時点で直ちにそう処置した筈であり、またそう処置すべきでもありました。それをしないまま再接触を図るということは、

①なんらかの意図があって、非敵対的な態度を偽装もしくは隠蔽している

②記憶力に欠陥のある攻撃的性格

上記①または②のいずれかと考えざるを得ません。すなわち将来に於いて再び敵対的言辞を吐き散らし敵対的行動を執る危険性が極めて大きい者である可能性を窺わせる者である、と見做し得るわけで、そういう面倒くさいヤツと関わり合うのは金輪際願い下げ、二度と御免蒙ります。

そんなヤツに愛想笑いなどする気は全くありません。見つけたら直ちに叩き出して塩を撒くので、そのつもりで。

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