改テ敬服仕リ御座候

コロナコロナで不要な外出どころか必要な外出まで極力見合わせていた時期にこんな文庫本が出ていたことを、つい最近知りました。

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なんだこりゃ?

手に取って奥付をみると、

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あらま、去年の1月だって。しかもたった一ヶ月で再版。初版部数がよっぽど少なかったのか、はたまた熱心な愛読者(いまだに相当数存在しているようです)が先を争って買い求めた結果なのか、おそらくその両方だったんだろうと想像しますけど、それにしたって当節流行の作家の本じゃないんですから。

著者は内田百閒、たしか1971(昭46)年歿で、半世紀以上前に亡くなった人の著作が文庫とはいえ新しい本になって刊行されるのはかなり珍しいことじゃないでしょうか。いわば大文豪に比肩する扱い、とでもいいましょうか、さすがに大したもんだと思いました。(念のため、いま Wiki で確認しました。71年歿で間違いありません。)

カバーの紹介文に曰く、

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そういえば郵船の嘱託だった時代、内台航路を駆ってわざわざ台湾まで阿房列車を運転しに行ったという文章が随筆集のところどころに登場しますが、その系統の文章だけをひとまとめにした本というのはありませんでした。

したがってこちらも阿房列車の鉄道紀行随筆(でいいのだろうか、あれは?)ほど系統だてて読む手立てがないまま、ページを繰っては出てきた文章を読み、読んだら読みっぱなしでそのまま気にも留めずに忘れてしまう、を繰り返してきました。

けどその読みっぱなしの中に、キョンとか黄牛のすき焼きとか潮州駅前の榕樹(ガジュマル)などなど、いくつか妙に引っ掛かって無意識の記憶にこびり付いたキーワードがあるらしく、自分が出張で訪ねた台湾各地の風景とも相俟って、なにかの拍子に、たとえばテレビに映った台湾の様子がトリガーになって、ときどきその映像に言葉の記憶を重ねているなんてことに気付いたりして、ちょっと驚くことがあります。

それに没後半世紀を経て新しく本が編まれるなんて漱石や芥川やシェイクスピアみたいで、さすが本物の名文章家ってのはやっぱり違うんだなぁ、なんて、まるで銅像眺めてるみたいな俗っぽい方向からも感心しちゃったりして(笑)。

だもんで、(なにっ!?たったこれっぽっちの文庫本が税込み約1,000円だと!?なんたる暴利、なんと高飛車なる態度!)とか憤慨しながら、つい買って読んじゃう。

大半の文章はこれまでに別の本で読んだことがあるものでしたが、それでもいくつか【お初】があって、しかもそれが全て戦前に書かれたものなのに全く古色蒼然といったような印象を受けないのは、なるほど大したもんだと唸りました。ですんで、『詐欺!泥棒!金返せ!』なんて腹立てずに済みました(笑)。

なかでもいかにも百鬼園センセイらしいレトリックというか諧謔味というか、ご本人は決しておもしろいことなぞ書こうとしていないのに、読んだ側が思わずニヤリとさせられる文章に出会いましたので、ちょっとご紹介しようと思います。

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赤の傍線はオセッカイと重々知りつつ、飛ばし読みされる方の目にも止まるように書き加えました。

いかがでしょう。こういう文章をなんの造作もなくひょいっと出してよこされたら、読まされた方は「恐れ入りました」と降参するほかないんじゃないでしょうか。これ、対英米戦争をおっぱじめる年の正月、今から82年前の文章ですよ。

鬻文(イクブン)を職業ないし生業とする人は決して少なくありませんし、著名な文筆家が亡くなれば【追悼記念】と称する増刷再版は当たり前ですが、没後半世紀を経てなおこういう本が新たに編纂されるというのは、そうそうあるこっちゃないと思います。

やっぱり大したもんですね。

百鬼園センセイ、改テ敬服仕リ御座候。


追記:敬服ついでに、懸念をひとつだけ…。

『趣味は琴と銭勘定』と公言しておられた百閒先生としては、この印税がどこに行っちゃうのか、天国でさぞ気を揉んでおられるのではないでしょうか。

どんなに頑張ってみてもご本人の手には渡りようがないですから、常識的には葬儀と後始末(相続)に関わった家族親族の後胤末裔がせいぜいというところでしょう。けど、昨今の相続(というより、本件の場合は贈与でしょうか)の煩わしさに鑑みるに、それもあながち現実的とは云い切れません。

結局は岡山県郷土文化財団(内田百閒文学賞を主催する岡山県の公益財団法人)あたりへ廻る、なんてのが厄介で煩瑣な事務処理や諸手続なども勘案すると妥当な落としどころになるのかなぁ、なんて想像していますが、そうなると一番収まらないのがフォン・ジャリバア先生ご自身だと思いますよ。(笑)

なんせ、著者・内田百閒とはっきり印刷されてます。しかしその著者は、帰り道に乗る筈だった市電を諦めて電車賃(十銭)でカフェーの芥子飯(カレーライス)を食い、その代わりに遠い道を歩いて帰ったひとだったんですから、お金の話は骨身に沁みているワケで…(笑)。

追記:終わり





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コメント

Champcar97

蓬莱島余談
まつしまさん、こんばんは。
蓬莱島余談、私も注文しました。
最近の読み物には辟易しているので、楽しみにしています。

急行まつしま2号

Re: 蓬莱島余談
Champcar97さん:こんにちは、コメントありがとうございました。

収められている作品は対談も含めて一度は読んだものがほとんどでしたが、小品には初めて読むものがけっこうあって堪能しました。なかでも白眉と感じた作品をここでご紹介しました。

お互い、歳のせいもないとはいいませんが、一本調子の押し付けがましい書き方で善悪を決めつけて、それ以外の価値観を叩き潰すように排撃するヒステリックな文字情報ばかりが増えてウンザリしています。

後年の『なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思ふ。』にも一貫して流れる【無用の効能、ここに極まれり】と云ったところでしょうか。まさに『読むために読む』一冊という思いを新たにしました(笑)。

三河屋

製糖会社
まつしま2号さん こんにちは。

母親がこの時期台湾に居たので,この本に興味持つかもしれませんね。
南投に住んでいたのですが,そこにも明治製糖があったそうで。
今度本屋を探してみます(^-^)

BACCA

こんにちは。

『内田百閒先生』の本はたくさん読みましたが、ほとんど何も覚えていないので、私にとって台湾のお話はきっと初めて読む!感覚だと思われます。
さっそく、注文して読もうと思います。楽しみです。
Amazonで見たら残り数冊と表示されていました。

昨今は本が高くなり、文庫本は昔のハードカバー並みということもありますね。何だかなぁ。

道端の水牛が聞いたらちくちくする様な…
この様な表現は内田百閒先生ならではで愉快です。

台湾は日本統治下にあった関係で、昔の日本の風景に似た場所があるそうですね。昭和の時代の。

そんなことも想像しながら、この本を読みたいと思います。

急行まつしま2号

Re: 製糖会社
三河屋さん:こんにちは、コメントありがとうございました。

南投というとちょうど台湾の真ん中へん、ヘソのあたりでしょうか。地名は台湾鐵路千公里(宮脇俊三・著)の集集線のくだりでチラッと見たような記憶がありましたが、出張で斗六を訪ねたときに高速道路の標識でハッキリ見ました。

なにしろ阿房列車の内田百閒ですから名所旧跡を巡るなぞ論外、旅先では宿から一歩たりとも外へ出ないことを基本スタンスにしているところへ、さらに蔴荳(台南)の宿舎で結滞(不整脈、症状によっては心臓発作)が起きて、それが本土に帰り着いた後まで続いたようで、道中の記述はまったくといってよいほど見られません。果たしてお母上さまの感興をそそれるかどうかは甚だアヤシいとは思いますが、ジェット機で3時間とはまるで違う台湾をご存知の方でなければお判りにならない記述もあるかもしれませんね。

もしそうなれば、ここでご紹介申し上げたのも無駄骨でなかったと云えるかもしれません。

急行まつしま2号

ご紹介できてよかったです♪
BACCAさん:こんにちは、コメントありがとうございます。

【ページを開く楽しみ】を邪魔しちゃいけませんので、余計なことは書きませんが、背丈の高い砂糖黍畑の底に沈んだような軽便鉄道の線路や埠頭に接岸離岸する大型貨客船など、私たちには直接体験のない筈の光景が、まるで色彩を伴った映像のように浮かんでくる不思議な文章がたくさん収められています。

それは一種の先入観、あなたの勝手な思い込み、と云われてしまえばそのとおりなのでしょうが、少なくともまつしまの瞼にそういう幻影を浮かび上がらせる作品をズラリと陳列した一冊だと思っております。

願わくば、(つまらん!読むんじゃなかった!)てな読後感になりませんように m(__)m
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プロフィール

急行まつしま2号

2019/8/12 に Yahoo blog から移ってきました。2008/3/28 から活動しています。

残念写真はFH君(高校時代の同級生)の叔父さん(故人)が1960~62年にかけて撮影したもので、まつしま(以下、管理人という)は約40年前、高校卒業時にそのベタ焼きスクラップ帳をFH君から預かりました。

約半世紀が過ぎ、管理人にも終活準備の必要が迫ってきましたが、どの被写体もこのまま埋もれさるのはあまりにも惜しいと考えて公開を決意しました。

全ての記述と残念写真を除く全ての画像は、管理人によるものとお考え下さい。従って、残念写真に対する苦情・異議等は、いっさいお受け致しかねます。この点、あらかじめご了承頂くとともに、不同意の方の閲覧は(たとえ記事が全公開に設定されている場合であっても)お断り致します。

また、残念写真以外の全てについては、管理人の責任と権限で対応致しますが、管理人が【適切でない、相応しくない、好ましくない、不快である】等と判断した書き込みは、発見し次第、全て管理人の一存で警告なしに即刻削除します。この点も併せてご了解頂きます。

なお、上記の点は、全て【管理人の固い意思】であって【どなたからどのような種類の申し入れ等があっても応じない】こと、及び【どなたとの議論にも応じない】ことを、あらかじめ明記しておきます。

これらの方針に同意されない方の閲覧は当方から固くお断り致しますので、どうぞ速やかにご退出ください。

記事を閲覧される方は、(万が一紛議等が生じた場合も含めて)全てここに記述した方針に同意され応諾された方として対処致しますので、念のため此処に併せて明記しておきます。

原則的に【来る者は拒まず】が基本スタンスですが、ただし、管理者に対して過去に敵対的言辞等を執った事実のある者からの再接触等は、たといそれが当該敵対的行動の撤回及び謝罪並びに釈明等であっても、その全てを拒絶します。

もし釈明や和解の必要を感じたなら、その時点で直ちにそう処置した筈であり、またそう処置すべきでもありました。それをしないまま再接触を図るということは、

①なんらかの意図があって、非敵対的な態度を偽装もしくは隠蔽している

②記憶力に欠陥のある攻撃的性格

上記①または②のいずれかと考えざるを得ません。すなわち将来に於いて再び敵対的言辞を吐き散らし敵対的行動を執る危険性が極めて大きい者である可能性を窺わせる者である、と見做し得るわけで、そういう面倒くさいヤツと関わり合うのは金輪際願い下げ、二度と御免蒙ります。

そんなヤツに愛想笑いなどする気は全くありません。見つけたら直ちに叩き出して塩を撒くので、そのつもりで。

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