かもめ@セノハチ

17日に掲出した山科の151系電車の記事で、『撮影者が遠征した目的のひとつは蒸機牽引のかもめを見ることだった』とお話ししました。

上り第2こだま&下り第1つばめの【奇跡のコマ】の5本くらい後ろのベタなんですが、目的のかもめをどんなふうに見物したのかが克明に記録されています。

以前、別の記事でバラバラにご紹介したカットなんですが、あらためてひとまとめにして掲出すれば、撮影者が山陽線1レと2レをセノハチで待ち伏せした熱意と気合と執念と満足感を閲覧者の皆さんにも共感いただけるのではないかと考えましたので、以下ご紹介いたします。

まずは1レ。

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ナンバリングのスタンプインクがくっついて見苦しい画面ですが、下りかもめです。牽引機はC59からC62に代替わりしています。

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最後尾はナハフ11、特急ですが2等車は4人掛けボックスシートでした。東北線1レ/2レより見劣りすると云えばその通りですが、かもめの客車は登場時から全て新車ですから、おさがりで運転したはつかりよりピッカピカだったと考えることもできますね。

続いて2レ。

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ナハ10の車体に編成の後ろの方と補機が写り込んでいます。すなわち客車は本当にピカピカに磨き上げられていたんですね。

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とどめ(笑)!

撮影者が一番撮りたかったカットはおそらくこれでしょう。引き伸ばしてみますね。

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NHKのアーカイブスフィルムには補機についたD52が連結器を自動解放する様子が紹介されています。あれ、初めてみたとき血圧が200くらいまで急上昇したような気がしました(笑)。

んで、普通ならこれで引き揚げるんじゃないかと思うんですが、撮影者はまだお神輿据えたままです。何故でしょう(笑)。

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そうですよねぇ、八本松から退行運転(しかも重連♪)で戻って来るD52まできっちり見物しなきゃ…(笑)。

これ、瀬野に戻るときは2レ補機が下り先頭と決まっていたようですが、ダイヤが乱れたら並び順だって変わったでしょうから、これが思惑通りに記録できるかどうかはバクチと一緒です。山科の151系といいこの補機回送といい、撮影者は結構ヒキが強い強運の持ち主だったのかもしれません。ギャンブルやったら案外強かったのかも…(笑)。

ちなみにこれら一連のカットですが、1レの通過が13:30前後、2レは15:30前後ですから、補機回送まで入れてもおそらく3時間はかかっていないだろうと思います。しかもその間にほかの列車もバンバン写しているわけですから、さぞかし高濃度で楽しい時間だったことでしょう。

うらやましいですね…。





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コメント

Champcar97

かもめ
まつしまさん、おはようございます。
内田百閒先生が第二阿房列車で、一等車が連結されていないと
ぶつぶつ言っていた「かもめ」ですね(笑)
でも、新車のナハ10系はやはりピカピカなんですねぇ。
ただそうはいっても、特急でボックスシートはどうだったのでしょうか。
時代が下って、583系の昼行運用では評判が今一つでしたから。
ところで、電化工事が始まっているとはいえ、C59やC62牽引の「かもめ」や
D52の重連回送を瀬野八で捉えた写真、貴重ですよね。羨ましい限りです。

急行まつしま2号

Re: かもめ
Champcar97さん:こんにちは、コメントありがとうございました。

そうですそうです、百鬼園センセイがブチブチ文句云ってた『からす』です(笑)。

この当時だと1等車(旧2等車)でも(スロ60とか50などの例外もありますが)東海道筋以外ではボックスシートが当たり前で、座席が全て進行方向を向いたロマンスシートは153系電車かキハ55系気動車くらいでしたから、2等(旧3等)だと583系電車登場時ほど抵抗感はなかったんじゃなかろうかと想像しております。その意味では、はつかりの3等客車の方が利用者にとっては違和感が強かったのかもしれません。

昼の583系(はつかり・みちのく・ひばり)は、シートピッチが広くて座席もフカフカでしたから私は481系よりも好きだったんですが、大向こうには評判よくなかったそうですね。715系で乗り合わせたときは【ものすごく得した感】に浸った覚えがあります(笑)。

セノハチのカットは超高画質で再スキャンしましたので、おいおいご紹介してゆこうと考えております♪
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プロフィール

急行まつしま2号

2019/8/12 に Yahoo blog から移ってきました。2008/3/28 から活動しています。

残念写真はFH君(高校時代の同級生)の叔父さん(故人)が1960~62年にかけて撮影したもので、まつしま(以下、管理人という)は約40年前、高校卒業時にそのベタ焼きスクラップ帳をFH君から預かりました。

約半世紀が過ぎ、管理人にも終活準備の必要が迫ってきましたが、どの被写体もこのまま埋もれさるのはあまりにも惜しいと考えて公開を決意しました。

全ての記述と残念写真を除く全ての画像は、管理人によるものとお考え下さい。従って、残念写真に対する苦情・異議等は、いっさいお受け致しかねます。この点、あらかじめご了承頂くとともに、不同意の方の閲覧は(たとえ記事が全公開に設定されている場合であっても)お断り致します。

また、残念写真以外の全てについては、管理人の責任と権限で対応致しますが、管理人が【適切でない、相応しくない、好ましくない、不快である】等と判断した書き込みは、発見し次第、全て管理人の一存で警告なしに即刻削除します。この点も併せてご了解頂きます。

なお、上記の点は、全て【管理人の固い意思】であって【どなたからどのような種類の申し入れ等があっても応じない】こと、及び【どなたとの議論にも応じない】ことを、あらかじめ明記しておきます。

これらの方針に同意されない方の閲覧は当方から固くお断り致しますので、どうぞ速やかにご退出ください。

記事を閲覧される方は、(万が一紛議等が生じた場合も含めて)全てここに記述した方針に同意され応諾された方として対処致しますので、念のため此処に併せて明記しておきます。

原則的に【来る者は拒まず】が基本スタンスですが、ただし、管理者に対して過去に敵対的言辞等を執った事実のある者からの再接触等は、たといそれが当該敵対的行動の撤回及び謝罪並びに釈明等であっても、その全てを拒絶します。

もし釈明や和解の必要を感じたなら、その時点で直ちにそう処置した筈であり、またそう処置すべきでもありました。それをしないまま再接触を図るということは、

①なんらかの意図があって、非敵対的な態度を偽装もしくは隠蔽している

②記憶力に欠陥のある攻撃的性格

上記①または②のいずれかと考えざるを得ません。すなわち将来に於いて再び敵対的言辞を吐き散らし敵対的行動を執る危険性が極めて大きい者である可能性を窺わせる者である、と見做し得るわけで、そういう面倒くさいヤツと関わり合うのは金輪際願い下げ、二度と御免蒙ります。

そんなヤツに愛想笑いなどする気は全くありません。見つけたら直ちに叩き出して塩を撒くので、そのつもりで。

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