奇跡のカット

ひとつ前の記事(京阪京津線の60形電車)に掲出した写真の直前に不思議なカットが並んでいます。

撮影者はこのあと山陽・九州方面へ向かい山陰を回って戻ってきて最後に米原でダメ押しのようにEF30とE10をフィルムに収めています。36枚撮りで20本以上のベタが残されていますが、被写体を考えたら、むしろ(よく20数本で抑えたなぁ)と感心するくらいとんでもないものがゴマンと写っています。

行路のメインにはC62の特急かもめとセノハチのD52を据えていて、だいぶ時間をかけて撮りまくった様子が窺われますので、(なるほど、かもめが蒸機牽引のあいだに写しておきたい、と思ったワケね)という事情が理解できます。

それらの被写体から撮影時期の特定を試みると、

1:かもめがキハ82に置き換わる前
2:つばめが電車で走り出した後
3:EF301が米原から門司に異動する前

すなわち、1960(昭35)年6月1日から1961(昭36)年3月31日までの間、ということまでは判ります。なおかつ以下の6カットから早春の時期であろう様子をうかがい知ることができると思いますので、学年末試験が終わった2月下旬から3月中旬あたり、春休みの大遠征だったのだろうと思います。

で、その当時の時刻表をアタマに思い浮かべながら以下ご覧いただきたいんですが、

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まずは東京を7:00に出てきた第1こだま、でしょう。最後尾(東京側)に163km/hのチャンピオンマークがついています。こだまは登場時に東京大阪間を6時間50分で走っていましたが、つばめとはとが電車化された60(昭35)年6月の改正で10分短縮されて、このカットの当時は6時間40分(大阪13:40着)で走破していました。

(蛇足ながら、次の改正(36-10)ではさらに10分短縮されて6時間30分運転にスピードアップします。)

陽射しの具合から午後の早い時間であろうことが判ります。京都大阪間(30分)は登場時から不変だったようなので、京都発は13:10、そこから逆算して京都着が13:08、山科通過はその3~4分前、つまり定時運転なら13:05頃でしょう。

そこまではいいんです。画像の光の加減や影の出かたなど、違和感ないですから。

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つづく2枚、先頭車(東京方)のアゴの辺りに163km/hが付いています。さっき行った下りが上りになって戻ってくるまで、このあたりで激写しまくっていたんですね。そりゃー楽しかったことでしょう、いいなぁ…。

で、そりゃどうでもいいんですけど、第2こだまは大阪16:00発です。つまりこの辺りを通過するのは16:35頃という計算になるんですが、4枚目に、こっちに向かってくるクロ151が写り込んでいます。

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え゛っ?

これって、下りの第1つばめ、ですよね…??

この時期の第1つばめって、東京9:00発・大阪15:40着です。EF58が展望車牽いていた時代のつばめは9:00発16:30着でしたが、電車化でこだまの所要時間に統一されました。だからこだまが6時間40分ならつばめだって6時間40分です。

だのに、とっくに大阪着いてる筈のつばめが16:35頃に山科辺りを走っている。

なんで???

って、第2こだまが早発するワケがありません。従って常識的に考えれば『第1つばめが遅れていた』というだけのことでしょう。それ自体は(利用者の不満は別として)ままあるハナシですから、別段不思議でもなんでもない。

けど、偶然そこに遭遇しちゃった撮影者はさぞ肝を潰したんじゃないでしょうか。まさか目の前で東海道線の二大スターがすれ違うなんて、まともに考えたら見たくたって絶対見られっこないシーンにブチ当たっちゃったんですから、そりゃあ驚いただろうと思いますよ。

まぁ、下りの第1こだまが定時で通過したかどうか、さらにそのあと同じ場所でEF15だのEH10だのEF60なんかを何枚も写していますから、貨物列車の間に挟まる急行や準急の様子から、(どうもダイヤ通りに走ってねえなぁ…)くらいの状況は認識していたでしょうけど、それがこんな劇的なカットに結実するなんてことは、夢想だにしていなかったでしょう。

もっとも貨物列車の時刻表が初めて発売されたのは1980(昭55)年でしたから、これらのカットの頃には貨物列車がダイヤどおりに走っているかどうかは素人には判らなかった筈です。ただ、撮影者はどうもダイヤグラムをわりと容易に閲覧させて貰える組織に属していたようなので、その辺りの真相は判りません。しかし、そもそも貨物列車には時刻変更が当たり前について回りますので、腕時計とダイヤを見比べる材料には適していませんよね(笑)。

おそらく手元の時刻表と旅客列車の通過時刻を照合して、(遅れてるぞ…)みたいなカンジだったんだろーなー、と想像しております。いまみたいに、ちょっとでも遅れたらすぐさまスマホで世界中に知れ渡っちゃうなんて世の中は誰も想像していなかった時代のオハナシですから。

というワケで、【腕はともかく被写体は抜群!】という看板をここまでクリティカルに示すカットも珍しいと思いましたのでここにこうしてご紹介致しました。



※それにしても、とんでもないところでカメラ構えてますね。ってか、当時はこれが咎められたり捕まったりする対象じゃなかった、という客観的証拠なんでしょう。なんとも羨ましい限りですが、翻ってこの半世紀の間に、これが咎められて捕まる対象に変質しちゃった、ということでもあるワケです。鉄道に限らず、趣味の世界にわがままで、聞き分けがなくて、ルールが守れないコドモが混じり込んできたら、遠からず全ての人々がそこからシャットアウトされていく、ってのが歴史的必然なんでしょう。いまホームで制止する駅員を罵倒してるバカなんて、成りだけ大人で精神年齢やアタマの中身は就学前の幼児みたいなのばっかりですもんね。嘆かわしいかぎりです…(ため息)。





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急行まつしま2号

2019/8/12 に Yahoo blog から移ってきました。2008/3/28 から活動しています。

残念写真はFH君(高校時代の同級生)の叔父さん(故人)が1960~62年にかけて撮影したもので、まつしま(以下、管理人という)は約40年前、高校卒業時にそのベタ焼きスクラップ帳をFH君から預かりました。

約半世紀が過ぎ、管理人にも終活準備の必要が迫ってきましたが、どの被写体もこのまま埋もれさるのはあまりにも惜しいと考えて公開を決意しました。

全ての記述と残念写真を除く全ての画像は、管理人によるものとお考え下さい。従って、残念写真に対する苦情・異議等は、いっさいお受け致しかねます。この点、あらかじめご了承頂くとともに、不同意の方の閲覧は(たとえ記事が全公開に設定されている場合であっても)お断り致します。

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原則的に【来る者は拒まず】が基本スタンスですが、ただし、管理者に対して過去に敵対的言辞等を執った事実のある者からの再接触等は、たといそれが当該敵対的行動の撤回及び謝罪並びに釈明等であっても、その全てを拒絶します。

もし釈明や和解の必要を感じたなら、その時点で直ちにそう処置した筈であり、またそう処置すべきでもありました。それをしないまま再接触を図るということは、

①なんらかの意図があって、非敵対的な態度を偽装もしくは隠蔽している

②記憶力に欠陥のある攻撃的性格

上記①または②のいずれかと考えざるを得ません。すなわち将来に於いて再び敵対的言辞を吐き散らし敵対的行動を執る危険性が極めて大きい者である可能性を窺わせる者である、と見做し得るわけで、そういう面倒くさいヤツと関わり合うのは金輪際願い下げ、二度と御免蒙ります。

そんなヤツに愛想笑いなどする気は全くありません。見つけたら直ちに叩き出して塩を撒くので、そのつもりで。

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