行きはよいよい帰りは…

新潟と聞いて健常者のアタマにはいったいなにが思い浮かぶんでしょう。非健常者でビョーニンのまつしまにはとんと見当がつきませんが、そんじゃその病人はなにを思い浮かべたのかというと、佐渡汽船両津港発行、『両津から東京都区内ゆき』の連絡乗車券でした。

とはいえそんなの、JRと佐渡汽船が連絡運輸を取りやめてから30年以上経つんですから、もはや買えるわけがない。

理屈ではそれを重々承知のうえで、それでも考えてみたら5000トン級の外航船に最後に乗ったのはいまを去る36年前、民営化直後87年9月の青函航路でしたから、久しぶりに大きなフネの出入りを潮ッ気を帯びた油煙の匂いや腹に響くエンジンの唸りとともに目近で眺めてみたくなりました。

とりあえず出船入船だけ見物するつもりで新潟駅前からバスで佐渡汽船埠頭へ、運賃は260円、9:10過ぎに着きました。

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そしたら、ありゃまぁ、15分後(9:25)に両津行が出るってえじゃありませんか、こいつはラッキー♪♪(←って、最初から乗る気まんまんだったんじゃねえか…(笑))

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さっそく出札口で2等を買い、喫煙所で落ち着いて一服つけてからおもむろに乗船口に向かいました。

まつしまが最後の乗船者だったようで、遊歩甲板を歩くうちに後ろからチェーンをかける音が響いてきて乗船口がゆっくり離れていきます。

岸壁と船尾を繋いでいた2本の係留索が順番に外されます。まずは1本目。

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つづいて2本目。

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船尾を覗き込むと、航送車輛積卸口になっている可動橋構造の岸壁に機関の響きと同調したスクリューの白波が沸き立っています。最初は判らないくらい、やがて歩くほどの速度になって岸壁を伝うようにゆっくりと動きだしました。

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そのまま微速前進しますが、舳先は進行方向(信濃川河口)と反対側の上流を向いています。いったいどうやって方向転換するんでしょう、まさか港口まで逆走とか?

興味津々で眺めていると、

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係留時に真ん中あたりだった曲柱の周囲に係員が待機しています。ひょっとして、ここに船尾の舫綱を固定して回頭するつもりなんでしょうか。けど、5000トン級といえばかなりデカい船ですよ、そんな軽業師みたいなマネして大丈夫なの…?

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って、ホントに始めちゃったよ、驚いたねどうも…。ここで船首を180度転換、徐々に速度を増しながら針路を北西にむけてゆきます。

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もうひとつ先のブイを通過すればその先は日本海♪

早くもうっすらと遠望されるのは遥か佐渡の島影です。いまごろブリッジでは一等航海士と操舵手が『ポート40!』『ポート40度、サー!』てな具合に号令復唱し合ってんのかな、なんてね♪

外海に出て19.1ノットでちょっと走ったと思ったら、両津港を9:30に出てきた高速船とすれ違いました。

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さすがに速いですが、なんか小さすぎてつまんないカンジがしました。

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遊歩甲板に掲示されていたパネル。鉄道の鉄道らしさがどんどん希薄になりつまんなくなってきた現在、在来の国道ってけっこうおもしろい興味の対象なのかも、なんて密かに思っているんですが、とりわけ海上国道とゆーのはなんとも味わい深い言葉です。

たしか全国に20路線くらいあったんじゃなかったでしょうか。有名なのは58号線(鹿児島から那覇)で、これはよく知られていますね。千葉県民にとっては16号線の富津と横須賀の間が(航路はないけど)海上国道区間である、なんて、知らない方がよかった事実(笑)とか、大間(青森県)と函館の間の津軽海峡フェリーは279号線と338号線の重複区間だとか、国道関係の本をひらくとおもしろい(とゆーか、融通が利かない法令のせいで杓子定規な無駄をダイジにだいじに温存している)ハナシがたくさん出てきて退屈しません(笑)。

小木直江津間に就役している船も国道350号線の表示板を掲示しているんでしょう。こんなふうに人々の生活を黙々と下支えしている姿に触れると、わけもなく感動を覚えます。最近の鉄道にちっとも魅力を感じないのは、チャラチャラと上っ調子な騒々しさばかりでこういう地に足の着いた(海の上ですけど…(笑))寡黙な力強さとか優しさを感じなくなっちゃったからなんじゃないかと密かに思っております。

なんて云ってる舌の根も乾かないうちに、こいつの執った行動のなんとチャラチャラと軽薄であったことか、嗚呼嘆かわしい…。

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船内の案内所で乗船記念になりそうなときわ丸固有のパンフレットとか絵ハガキみたいなものがないかどうか尋ねてみると、案内のニイちゃん(ちゃんとオフィサーの制服着てる)がテレフォンカードくらいのサイズのカードとPRチラシをくれました。ホントはちゃんとお金はらって記念切符みたいなものを買い、そこへ船長のサインをお願いするのが常道(というかマナー)なんですが、残念ながらその手のものはなにも売っていませんでした。決して出費をケチッたワケじゃないんですよ、そもそもなんにも用がないのに乗ってる【阿房航海】すなわち無駄遣いなんですから…(笑)。

「たいへん心苦しいんですが…」と貰ったチラシをおそるおそる差し出して、「船長さんのサインをお願いできないでしょうか…」と頼んでみました。

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ド下手クソのまつしま写真なぞ、百枚写したって二百枚写したってただただゴミを増やすだけですが、船長のサインはそれだけで立派なタカラモノです。それでまた、こういう船客の希望にも迷惑そうな顔ひとつせずに快く応じてくれるところがシーマンのカッコよさとゆーかスマートネスなんですよねぇ。

そうこうするうちに両津9:15出航の行き合い船が見えてきました。

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姉妹船(お姉ちゃん)おけさ丸、就役から30年め、公称データーによると妹のときわ丸よりちょっとだけ(約1ノット)航行速度が速く、そういう先入観で見ると、容姿も妹が宇高航路っぽい丸っこいカンジに対してお姉ちゃんは青函航路チックでややシュッとして直線的というか…(←知らねーよ、そんなのっっ!!)

帰ってきてから調べてみたら、ときわ丸には航行区域が【限定沿海】という制限がついているんですが、おけさ丸にはその種の制限はないようです。

さて、遊歩甲板で群青色と純白のカンバスが織りなす潮風あびたり、行き合い船を眺めたり、船長サイン頼んだりしていれば2時間半なんてアッという間です。入港前にもう一本タバコ吸っておこうと喫煙室に行ってみたら、こんな張り紙が…。

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タバコくわえた船員は温かく見守られるべき対象なのかどうか。やっちゃいかん、という場所でやっちゃいかんと云われる禁止行為をしてる、というなら文句云われて当然ですけど、OKな場所でOKなことするのに温かいもヘッタクレもないでしょう。なんでそこまで下手(シタテ)に出にゃならんのでしょうか。休憩時間に喫煙所でタバコ吸うことのいったいどこが悪いワケ?

ことを荒立てないように、穏便に、と気を遣う気持ちもわからなくはないですが、いくら相手が運賃払って乗ってる船客だとはいったって、そこまでへりくだる必要なんてありません。温かく見守れない、とゆーよりそんな偏狭で自分勝手で独善的な船客なんて、船長命令で直ちに縄梯子かけて下船させちゃえばいいと思います。「あとは佐渡でも新潟でも自力で泳いでね、ばいばーい!」てなカンジで(笑)。

両津港に到着しました。

佐渡に着いたからといって、なにかしようとかどこかに行こうとか、そんなことはひとつも考えておりませんで、(もしかしたら都区内までの通しの乗車券が…)と一縷の望みを託して駆け寄った出札口では、「その切符はずいぶん昔に売らなくなった」と思ったとおりの答えを聞かされて、判ってはいましたけど改めてガッカリ。

と、ここで落ち着いて周囲を見回すと、新潟港ではあんなにガランとしていた乗船口がやたらごった返しています。とゆーか、やけに大荷物を携えて日に焼けた筋骨隆々のマッチョなヒトビトが大勢ウロウロしていて、なんとなく雰囲気が汗臭いようなカンジ。

なんか様子が変だ、おかしい、こりゃひょっとすると満員積み残しってなことが起きる前触れなんじゃなかろうか。

そう思って出札掛に尋ねてみました、「昨日今日、なにかあったんですか、佐渡で?」

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そしたら『なにかあった』どころのサワギじゃない、とんでもない競技大会が終わって参加者たちが大挙して引き揚げ始めたところだったんです。

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さっきから係員がしきりと口にしている輪行袋(リンコウブクロ)って耳慣れない言葉も(変だな)と訝っていたんですが、トライアスロンに付き物の自転車を、軽車輛ではなく【解体して指定の袋に収納した携行品=手荷物】として安い運賃で持ち込む人々の案内誘導に声を枯らしていたんです。

いわれて気付けば12:40出航の便は特等・1等とも予約席は全て売り切れ、残っているのは自由席だけ、という掲示が出札口に下がっていました。

となると、こいつはヤバい!船は定員厳守、人数超えたら絶対に乗せてくれません。まして輪行袋(自転車)の分だけ乗船者数は減らされる筈です。別に急ぐわけじゃないから次の便に乗れなくたって構わないけど、だからって、なにもやることがないまま16:05出航の便まで待たされるなんて難行苦行はまっぴら御免です。となったら余計なこと考えてるヒマはない、大急ぎで新潟までの2等を買い、上陸したと思ったら僅か10分後には12:40出航の行列最後尾に並びました。

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上陸中の両津でまつしまがしたことは、

1.新潟までの切符を買ったこと
2.列に並ぶ前に喫煙所まで猛ダッシュして一本だけタバコ吸ったこと
3.列に向かう途中の自販機で【おーいお茶】を一本買ったこと

以上3点だけでありました。

まぁ、久しぶりに大きな船に乗りたくて、乗った船がたまたま佐渡行だったとゆーだけのハナシですから、滞在45分で戻ってきたって別に構わないんですけど、んでも、なんか自分の都合でそうしたんじゃなくて、廻りの状況からそう判断せざるを得なかった、とゆーのは、なんとなく釈然としないとゆーか、あんまりおもしろいハナシじゃなかったと思っています。

しかも、帰り船にはトライアスロンの選手たちがゴマンと乗っていて、そこいらじゅうがマラソンやら水泳やら自転車の自慢話や蘊蓄を語る人々で一杯。みなさん力の限り走って泳いで漕いできた人たちばっかりですから、まだ興奮覚めやらぬ様子は致し方ないとしても、こっちはなんだか運動部の部室に紛れ込んでしまったとゆーか、とんでもなく場違いな場所に迷い込んだとゆーか、非常に居心地の悪い航海でした。

だって、こっちには聞く気がなくても、話してる人たちって全体にやたら声がデカいんだもん、これっぽっちも聞きたいなんて思ってないのに嫌でも耳に入ってきちゃって、その得々とした語調やトーンがなんか妙に鬱陶しかったです。

新潟港に着いてからも、新潟駅までのバスは大荷物抱えたひとでえらい騒ぎでした。

行きはよいよい帰りは怖い、をマジで体験しちゃいましたよ、参りました…。





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コメント

Champcar97

私も佐渡に行ってみたいと思っています
まつしまさん、こんにちは。
新潟行かれた時、佐渡に足を延ばされたされたんですね。
確かに行きはよいよい帰りは。。。でしたね。
でも、久しぶりの船旅を楽しまれたのではないかと思います。
私は、残念ながら佐渡には行ったことがないのですが、いつかは行きたいと思っています。
また、流石に連絡乗車券はもうなかったのですね。
今、硬券の連絡乗車券があるのは、その他では岳南電車でしょうか。

急行まつしま2号

Re: 私も佐渡に行ってみたいと思っています
Champcar97さん:こんにちは、こちらへもコメントありがとうございました。

いえ、ホントに時刻表調べずにバスに乗ったんで、まさかこんな絶妙のタイミングで船に乗れちゃうなんて思ってもいませんでした。超ラッキーでした。まぁ、そういう幸運はだいたい不幸との抱き合わせ販売と相場が決まってますから、帰り便の混雑や佐渡での滞在時間などは当然の巡り合わせってことだったんでしょう(笑)。それでも乗船前にタバコ1本吹かせる時間があってよかったです。5000トンクラスですからそれほど大型ってワケではありませんが、それでも汽笛や船体の振動や腹に響くエンジン音は津軽丸や羊蹄丸の記憶をじゅうぶん呼び覚ましてくれましたよ♪

岳南電車、いまはどうなんでしょうね。近いうちにご一緒してみませんか?

ひでさん(アルちうオヤヂ)

懐かしいッ
懐かしいです♪
特に「赤灯台」。当時ももちろん立入禁止でしたが無断侵入してブラブラ歩いて赤灯台まで行きました。春にたくさんのイルカが西港に入ってきてたのが良い思い出です。
佐渡汽船の対岸で眺めているとダイナミックに回って来るので楽しかったです。
佐渡汽船の乗船レポ、懐かしかったです。
ありがとうございます。

急行まつしま2号

Re: 懐かしいッ
ひでさん:こんにちは、ご無沙汰しております。

ホントに『見るだけ』のつもりで佐渡汽船行のバスに乗ったんですが、あんな絶妙のタイミングで出航時刻に間に合っちゃったら乗らないワケにいきません、で、乗っちゃった…(笑)。

両津港の突端にはおけさ笠(編み笠)かぶせたオチャメな赤灯台が立ってますね。風も雪も強そうなところなのに、あんな余計な装飾つけたら手入れがたいへんだろうに、と、港湾事務所だか国交省の技官が気の毒になりました(笑)。

新潟港の、舫綱一本で180度旋回する操船には驚きました。あれをタグボートなしで、全部自力でやるんですね。青函連絡船は貨車積み下ろしのために船尾を線路の敷かれた岸壁に付けましたが、必ずタグボートが押し引きしていましたもんね。

佐渡が大きなトライアスロン開催地とは、不勉強にして知りませんでした。帰り便、ほんとに積み残しが出るんじゃないかと危惧したほど混雑していました。ブリッジ直下の進路が見えるサロンで新潟入港の一部始終を見物してきました♪
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プロフィール

急行まつしま2号

2019/8/12 に Yahoo blog から移ってきました。2008/3/28 から活動しています。

残念写真はFH君(高校時代の同級生)の叔父さん(故人)が1960~62年にかけて撮影したもので、まつしま(以下、管理人という)は約40年前、高校卒業時にそのベタ焼きスクラップ帳をFH君から預かりました。

約半世紀が過ぎ、管理人にも終活準備の必要が迫ってきましたが、どの被写体もこのまま埋もれさるのはあまりにも惜しいと考えて公開を決意しました。

全ての記述と残念写真を除く全ての画像は、管理人によるものとお考え下さい。従って、残念写真に対する苦情・異議等は、いっさいお受け致しかねます。この点、あらかじめご了承頂くとともに、不同意の方の閲覧は(たとえ記事が全公開に設定されている場合であっても)お断り致します。

また、残念写真以外の全てについては、管理人の責任と権限で対応致しますが、管理人が【適切でない、相応しくない、好ましくない、不快である】等と判断した書き込みは、発見し次第、全て管理人の一存で警告なしに即刻削除します。この点も併せてご了解頂きます。

なお、上記の点は、全て【管理人の固い意思】であって【どなたからどのような種類の申し入れ等があっても応じない】こと、及び【どなたとの議論にも応じない】ことを、あらかじめ明記しておきます。

これらの方針に同意されない方の閲覧は当方から固くお断り致しますので、どうぞ速やかにご退出ください。

記事を閲覧される方は、(万が一紛議等が生じた場合も含めて)全てここに記述した方針に同意され応諾された方として対処致しますので、念のため此処に併せて明記しておきます。

原則的に【来る者は拒まず】が基本スタンスですが、ただし、管理者に対して過去に敵対的言辞等を執った事実のある者からの再接触等は、たといそれが当該敵対的行動の撤回及び謝罪並びに釈明等であっても、その全てを拒絶します。

もし釈明や和解の必要を感じたなら、その時点で直ちにそう処置した筈であり、またそう処置すべきでもありました。それをしないまま再接触を図るということは、

①なんらかの意図があって、非敵対的な態度を偽装もしくは隠蔽している

②記憶力に欠陥のある攻撃的性格

上記①または②のいずれかと考えざるを得ません。すなわち将来に於いて再び敵対的言辞を吐き散らし敵対的行動を執る危険性が極めて大きい者である可能性を窺わせる者である、と見做し得るわけで、そういう面倒くさいヤツと関わり合うのは金輪際願い下げ、二度と御免蒙ります。

そんなヤツに愛想笑いなどする気は全くありません。見つけたら直ちに叩き出して塩を撒くので、そのつもりで。

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