C券のバリエーション

JR東日本・東京乗車券管理センターの硬券見本帳で、『このC券のサンプルはいったいなにごとかッ!?』と怒気をあらわにしてからほぼ一週間、ただ怒っているだけでは頑固なカミナリおやぢですので、ハナシをちっとばかし建設的な方向へもって行かにゃ、と考えまして、ネットオークションの画像で【民営化以降にC券で発行された記念切符】を片っ端から探しまくりました。

15000枚くらい出品されていて、チェックするだけで3日かかりましたが、結論を先に述べると、JR地紋のC券記念切符には遭遇できませんでした。

その実績だけでは当該品が存在しないと断言するに足る証憑とは云えませんので、今後も折を見て同じリサーチを重ねより強固なる客観性を担保せにゃならん、と思ってはおりますが、本音をいえば『望み薄』、もっと正直に本心を述べるなら骨折り損&草臥れ儲けになるだろうと感じております。

そうでなくたって、ネットの画像と黙って3日間ニラメッコしてごらんなさい、ウンザリしますよ…。

んで。

そんじゃ国鉄時代のC券とゆーのはどんなふうな使われ方だったのか、手元の券を引っ張り出して大まかな用途ごとにならべてみることにします。

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これが最もオーソドックスな用途で、昭和30年代までの往復乗車券には硬券が使われていました。往復揃って残っている例は殆どなくて、だいたい復片の切れっ端ばっかりなんですが磯鶏駅のはいっぺん切り離された往片をちゃんとつなぎ合わせて保存していたようですね。前所有者はマメなヒトだったんだろーなー…

着駅は保土ヶ谷ですから現代なら横浜市内・川崎・鶴見線内ゆきと書くんでしょう。そのひとつ前の1等往復乗車券の表記も(都区内途中下車禁止の注意書きがあるのに)東京都区内ゆきじゃありません。なんとも古めかしい表記ですね。

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その傍流とゆーのか、行楽用の割引往復切符にもよく使われていたようです。

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まつしまが自分の目で実際に見たのはこの栗駒山観光乗車券で、仙台駅に置いてありましたがもちろんこんな高額なお買い物などできるワケもなく、これは中学のとき同級生だったY子ちゃんが『お土産だよ』といってざわざわ持ってきてくれたものです。そーゆーありがたぁ~いシロモノに『往片は残ってないの?』なんてうっかり訊いたら大変な事態が生じますから、「ありがとう、覚えててくれたんだね、嬉しいです」と押し頂いて、お礼にアイスご馳走しました。ちなみに往片まで残っていたら氷イチゴか冷やし中華くらいご馳走したと思います(笑)。

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さらにその亜流ということになっちゃうんでしょうけど、実は戦前にも座席指定制の行楽列車がかなりの頻度で運転されていて、戦前のブツはまつしまの手元にないので『國鐵乗車券類歴史事典(辻阪昭浩・著)』からの引用画像です。

その伝統というか、行楽列車の座席を確保して提供するというサービスは、どちらかというと関西圏で多かったらしく、第2ぎんれい(スキー列車)の往復座席指定券というのがありました。もちろん見本ですから実際に発行されたかどうか、事実は歴史の彼方に流れ去ってしまって調べようがないんでしょうけど、でも裏面の券番号から推測すると本当に使われた可能性がないとはいえない気がします。

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お次のこれは、本当に判りません。団券番号がどうとかという記載欄がありますから、旧盆か暮の帰省列車用に準備されたものであろうことまでは判りますが、どうも【普通乗車券】に記入する金額と【帰省団体会員票】裏面の総額という金額は一致していないイメージですよね。でも、準急料金とか急行料金を徴収するなら会員【票】という表記は絶対に使わない筈ですから、なにを云わんとしているのかがまるっきり理解できません。しかもこの券に限っては【往復】の用途から外れています。それがますます推測を困難にしておりまして…。どなたか正解をご存知の方がいらっしゃれば、どうぞご教示賜りたくよろしくお願い申し上げます。

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次は王道、連続乗車券です。岸辺駅の例でいうと、この券の利用者は国電でいったん新大阪まで戻り、そこで新幹線に乗り換えたわけです。岸辺は大阪市内駅の範囲外ですから、大阪市内エリアの最寄り駅まで短距離切符を買い、エリアに入ったら大阪市内から横浜市内ゆきの切符に切り替わる、という手順です。これ、知っていれば案外と重宝する決まりなんですが意外とご存知ない方が多いようですね。仙台近辺で云うと、名取(名取市)から南仙台(仙台市太白区)までの短距離券と仙台市内からの遠距離券を組み合わせた連続乗車券なんか、もっと残っていてもよさそうな気がするんですが、とんと見かけません。

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お次は珍しい券種ですが、意外なことに大都会の片隅(主に京阪神地区)で活躍していたようです。準常備式の往復乗車券です。これはなかなか行き当たるチャンスがなくて、出札口で自分で買ったものが一枚もありません。

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さて、北海道方面乗り継ぎの料金券、特急は結合特急券という名前で60年代前半(36-10改正)からD券で売られていましたが、これがなぜC券に変わったのか、これまたさっぱり判りません。まして急行券ときては、それこそD券で発行する方がずいぶん効率的なんじゃないかと思うんですが、外部の素人なぞにはわからない事情があったんでしょうかねぇ。

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ラストは超変わり種、昭和23年頃の1等寝台券です。これ、料金1500円と印刷されていますから、あらかじめ1等乗車票もしくは1等乗車証を所持する者、ひらたく云えば占領軍の将校クラス(たぶん佐官より上の階級)にしか発行しなかった券種です。とゆーことは、券面への記入は原則として漢字が使えませんから、どうしても字数が多くなっちゃうワケで、そこで登場した苦肉の策だったようです。ちなみにこれは、わりと早い時期に軟券に置き換えられたようで、実券は全くみたことがありません。なにしろ日本人は空席がなければ乗せてもらえない列車でしたから。

てなことで、本当は鉄道省から鉄道院、鉄道作業局とどんどん遡っていって、それぞれの時代のC券をご案内できたらなぁ、とは思うんですが、まつしまの資力ではとてもそんな昔の券には手が出せません。券面の様式の変化には様々な紆余曲折があるようですが、基本的には冒頭でご紹介した補充往復乗車券のご先祖様がC券のルーツ、ということになるようです。

中途半端で申し訳ありません、お後がよろしいようで m(__)m


追記:民営化と前後する時期に小湊鉄道にC券の補充往復乗車券があると聞きつけ、息せき切って駆け付けたけど後の祭りだった、という苦い経験をひとつ前の記事でお話ししましたが、それから8年も経ってから、関西新空港が開業した日に南海の窓口にはこんな券が置いてあったんです。

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いやー、驚いた。もちろん、勤めがありましたから自分で出かけて行って買ったワケじゃありませんが、当時その方面(関西新空港)にお勤めだった同好の士が、「珍しい、というより生きた化石じみた券がありましたよ!」と送ってくれた1枚です。

たしかに、シーラカンスかカブトガニか…(笑)。

平成6年6月15日ってのは開業初日です。新駅開業時に手書きの切符を求めてマニアが押し寄せるのはいずこも同じですが、それにしても、こんな古ぶるしい様式を新しく作って出札口に並べていたなんて、南海電鉄ってのはなんだかよく判らないところのある鉄道会社だなぁ、と感心したもんでした…。

さらに蛇足ながら住吉東駅の券は、廃札ですのでフォルマリン漬けの標本ってところでしょうかね(笑)。






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プロフィール

急行まつしま2号

2019/8/12 に Yahoo blog から移ってきました。2008/3/28 から活動しています。

残念写真はFH君(高校時代の同級生)の叔父さん(故人)が1960~62年にかけて撮影したもので、まつしま(以下、管理人という)は約40年前、高校卒業時にそのベタ焼きスクラップ帳をFH君から預かりました。

約半世紀が過ぎ、管理人にも終活準備の必要が迫ってきましたが、どの被写体もこのまま埋もれさるのはあまりにも惜しいと考えて公開を決意しました。

全ての記述と残念写真を除く全ての画像は、管理人によるものとお考え下さい。従って、残念写真に対する苦情・異議等は、いっさいお受け致しかねます。この点、あらかじめご了承頂くとともに、不同意の方の閲覧は(たとえ記事が全公開に設定されている場合であっても)お断り致します。

また、残念写真以外の全てについては、管理人の責任と権限で対応致しますが、管理人が【適切でない、相応しくない、好ましくない、不快である】等と判断した書き込みは、発見し次第、全て管理人の一存で警告なしに即刻削除します。この点も併せてご了解頂きます。

なお、上記の点は、全て【管理人の固い意思】であって【どなたからどのような種類の申し入れ等があっても応じない】こと、及び【どなたとの議論にも応じない】ことを、あらかじめ明記しておきます。

これらの方針に同意されない方の閲覧は当方から固くお断り致しますので、どうぞ速やかにご退出ください。

記事を閲覧される方は、(万が一紛議等が生じた場合も含めて)全てここに記述した方針に同意され応諾された方として対処致しますので、念のため此処に併せて明記しておきます。

原則的に【来る者は拒まず】が基本スタンスですが、ただし、管理者に対して過去に敵対的言辞等を執った事実のある者からの再接触等は、たといそれが当該敵対的行動の撤回及び謝罪並びに釈明等であっても、その全てを拒絶します。

もし釈明や和解の必要を感じたなら、その時点で直ちにそう処置した筈であり、またそう処置すべきでもありました。それをしないまま再接触を図るということは、

①なんらかの意図があって、非敵対的な態度を偽装もしくは隠蔽している

②記憶力に欠陥のある攻撃的性格

上記①または②のいずれかと考えざるを得ません。すなわち将来に於いて再び敵対的言辞を吐き散らし敵対的行動を執る危険性が極めて大きい者である可能性を窺わせる者である、と見做し得るわけで、そういう面倒くさいヤツと関わり合うのは金輪際願い下げ、二度と御免蒙ります。

そんなヤツに愛想笑いなどする気は全くありません。見つけたら直ちに叩き出して塩を撒くので、そのつもりで。

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