わざわざ遠くまで行かなくたって…

部外者には最終稿の締め切りがいつだったのかなんてことは判りませんが、既に6月半ばには、今年の夏が去年よりさらに暑くなりそうだと云われ始めていた記憶がウッスラと脳裡にこびりついております、曖昧ですけど。然るに…、

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ふたを開ければチョー大猛暑、九州どころか北海道は札幌旭川、なんと釧路まで軒並み30℃超え、わざわざそんな遠くまで『さがしに』行かなくたって夏の方からガンガン攻め込んできてます。「出前たのむ電話かける前にもう届いちゃった」的な…。もうそこらじゅう隅から隅までズズズィーッ!と、余すところなくニッポン全国・夏だらけ。

時刻表は毎年ダイ改のを買ってオシマイなんですが、珍しく必要が生じたので買いに行きました。臨時はその月の時刻表にしか載りませんから。しかし、表紙の呑気でお気楽な一言をみた瞬間、書店の店先で危うくブチ切れちゃうところでした。

なんだ、このセンスないキャッチコピーはっ!ケンカ売っとるんかワレ、おうっっ!?

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8月2日の朝刊に載っていたデーターです。

ここ数年、『今年はまた一段と暑いですねぇ…』と交わす挨拶が決まり文句になってしまったような気がしていましたが、決して感覚的にではなく、実際にどんどん暑くなってんですねぇ。

んでも、たしか今は次の氷河期に向かって温度が下がり始めている、みたいなことを聞いた覚えがあるんですが。

ま、美味い新米のためには夏が暑くなきゃいけませんから、ひたすら辛抱せにゃ、と思っております。

とは云うものの、炎天下の圃場は想像を絶する熱地獄。学生のとき、友人の実家の【田の草取り】を手伝いに行って、作業環境の過酷さが骨身にしみました。たった5日で体重が8kgも落ちたんです。農家の皆さん、どうぞお身体を充分にいといつつ、決して無理せずにお励みいただくよう衷心よりお願い申し上げます。無理して脱水症状の挙句に救急車&入院てなことになったんじゃ、元も子もありません。

お互い、命あっての物種ですから…(といいつつ、実はまつしまは今年の3月に救急車の世話になったんでした、面目ない。)







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コメント

BACCA

こんにちは。
残暑…なのに暑い…。
へとへとです。心が。

さて、時刻表のキャッチコピー。
こんな暑いのにわざわざ九州へってねぇ。
もぉ、標高の高いところ以外、過酷な環境の日本の夏。
けれど暑くても出掛ける人はたくさんいるんですね、驚きです。
行楽地は混んでいるらしい。タフだな、そういう人。

で、この木々のトンネルを走る列車ですが、つい最近、動画で観ました。
ゆらゆらと揺れる列車が木々スレスレに走る様子は幻想的でした。
向こうに走り去ってゆくバージョンと、こっちへ向かって来るバージョン。

でも、わざわざ観に行く、または乗りに行く元気が個人的にはありませんが、惹かれて行く人、きっといるでしょうね。

救急搬送されてんですか!
今はお元気なんですよね?

急行まつしま2号

1日6往復
BACCAさん:こんにちは、コメントありがとうございました。

ここ、指宿枕崎線の薩摩塩屋駅なんだそうです。ワタシが乗った51年前も今も1日6往復しか走っていません。当時はひとつでも多く九州の路線に乗らなければなりませんでしたし、降りたらこんな景色が見られるなんてことも全然知りませんでしたから、当然そのまま終点・枕崎まで乗って行きました。(もっとも3月下旬でしたので、さすがにここまで草木は繁茂していませんでしたが…(笑)。)

乗ると撮れない、はテツの宿命的泣き所(笑)。京葉臨海みたいに【絶対に人を乗せない】路線は致し方ないですが、乗れる列車が走っている線区へクルマで出かけて見物するのは、やっぱり線路に申し開きがたたないような気がして、特別な理由がない限りやったことがありません。というより、やっぱり一番根っ子のところで【見る】より【乗る】が好きだからなんだろうと思っております。おっしゃっている動画は、近所に住む人が写したのかもしれませんが、十中八九、乗って撮りに行ったんじゃないんだろーなー、と想像しています。

少年や青年の頃には暑さ寒さなぞものともせずあちこち行きましたが、ヂヂイ化の進行と共にバイタリティーも減衰しました。もうそういうのは若い衆に任せておきゃいい、と思っております。ここでダイジなのは、横合いから口うるさく小言じみたことを云わないようにオノレを制御する忍耐力でしょう(笑)。

救急車、乗りました。なぜ乗ったのかは、お話しする機会があれば、そのときに。あまりにもナニなのでとても大勢の皆さんにお話しできるこっちゃないもんですから…。今は後遺症で寝たきりの要介護5です(笑)。
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プロフィール

急行まつしま2号

2019/8/12 に Yahoo blog から移ってきました。2008/3/28 から活動しています。

残念写真はFH君(高校時代の同級生)の叔父さん(故人)が1960~62年にかけて撮影したもので、まつしま(以下、管理人という)は約40年前、高校卒業時にそのベタ焼きスクラップ帳をFH君から預かりました。

約半世紀が過ぎ、管理人にも終活準備の必要が迫ってきましたが、どの被写体もこのまま埋もれさるのはあまりにも惜しいと考えて公開を決意しました。

全ての記述と残念写真を除く全ての画像は、管理人によるものとお考え下さい。従って、残念写真に対する苦情・異議等は、いっさいお受け致しかねます。この点、あらかじめご了承頂くとともに、不同意の方の閲覧は(たとえ記事が全公開に設定されている場合であっても)お断り致します。

また、残念写真以外の全てについては、管理人の責任と権限で対応致しますが、管理人が【適切でない、相応しくない、好ましくない、不快である】等と判断した書き込みは、発見し次第、全て管理人の一存で警告なしに即刻削除します。この点も併せてご了解頂きます。

なお、上記の点は、全て【管理人の固い意思】であって【どなたからどのような種類の申し入れ等があっても応じない】こと、及び【どなたとの議論にも応じない】ことを、あらかじめ明記しておきます。

これらの方針に同意されない方の閲覧は当方から固くお断り致しますので、どうぞ速やかにご退出ください。

記事を閲覧される方は、(万が一紛議等が生じた場合も含めて)全てここに記述した方針に同意され応諾された方として対処致しますので、念のため此処に併せて明記しておきます。

原則的に【来る者は拒まず】が基本スタンスですが、ただし、管理者に対して過去に敵対的言辞等を執った事実のある者からの再接触等は、たといそれが当該敵対的行動の撤回及び謝罪並びに釈明等であっても、その全てを拒絶します。

もし釈明や和解の必要を感じたなら、その時点で直ちにそう処置した筈であり、またそう処置すべきでもありました。それをしないまま再接触を図るということは、

①なんらかの意図があって、非敵対的な態度を偽装もしくは隠蔽している

②記憶力に欠陥のある攻撃的性格

上記①または②のいずれかと考えざるを得ません。すなわち将来に於いて再び敵対的言辞を吐き散らし敵対的行動を執る危険性が極めて大きい者である可能性を窺わせる者である、と見做し得るわけで、そういう面倒くさいヤツと関わり合うのは金輪際願い下げ、二度と御免蒙ります。

そんなヤツに愛想笑いなどする気は全くありません。見つけたら直ちに叩き出して塩を撒くので、そのつもりで。

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