99.999%、実券はなかったでしょう。

何年か前、ネットのオークションにまつしまが所持しているものと同じ見本帳が出品されました。どのくらいで買い取られてゆくのか興味を覚えましたが、締め切り日を失念していて結果も見ませんでした。

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先日それを思い出して検索かけてみたら記録が残っていました。

へぇ、落札者はずいぶんお手頃価格で手に入れられたじゃん、と感心しました。

それはさておき、ひとつ前の記事で、まつしまが保管方法見直しに取り組んでいるとご報告した見本帳がまさにこれです。どんな風に作業を進めておるのかと申しますと、

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サンプルはそれぞれご覧のように台紙に貼付されています。

ピンセットで押さえた券をご覧になれば、見本を台紙に貼り付けたセロハンテープが茶色に変色(乾燥・固化、または変質・軟化)して、セロハン自体も劣化して脆くなっていそうだ、ということがご想像いただけると思います。

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んで、これを1枚ずつ、台紙も見本も傷つけないよーに、ゆっくりゆっくりそーっと引き剥がすワケです。

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無事に台紙から外したら、今度は同じようにしてサンプルからも引き剥がす。このプロセスの前に加熱ないし加湿またはその両方を行なえば、恐らく引き剥がし作業自体は格段に進むでしょうが、それをやると肝腎のサンプルにダメージ(変色・素材変形など)を加える危険性が極めて高いため、まことに原始的ながら静かにそろそろとゆっくり引き剥がす以外にこれといった手立てがありません。したがって作業効率は非常に悪い。

それでも硬券はまだマシな方で、軟券は厚さの如何を問わず浸み込んで半ば固化した粘着剤とともに券の表面が崩壊しながら剥離してしまう場合が多く、アタマを抱えています。

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うまく剥がせたら、サンプルはポリプロピレン製の袋に入れて、同じ通し番号を打った付箋を2枚つくり、1枚はサンプルに、もう1枚は台紙に貼り付けて、後でゴチャゴチャにならないように整理しておきます。

てなことを1日数ページのペースでずーっと続けておりまして、いつ終わるんだか見当もつきませんが、まぁ自分が好きでやってることですから誰に文句云えるでなし、なかなか辛いところです(笑)。

さてそんな中、42ページを処理していて、(なるほど、こりゃ確かに記念品見本帳であることだわい♪)と頷かされる見本に出くわしました。

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みなさんはどうお感じになりましたか?

まつしまがニヤリとさせられたのは42Aと42F、上野駅のみどりの窓口に、特急A寝台の列車常備券なんて置いてあるワケありません。

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この当時(昭53(1978)年)、富士やはやぶさ・あさかぜ等のA個室寝台車をつないだ列車が発着していた東京駅には(おそらく発車間際のキャンセル待ち客に売ったんだと思いますが)硬券の列車常備A寝台券が置いてあって、ごく稀に実券を見かけます。ただしオークションではとんでもない値段になりますので、いつも指を咥えて眺めているだけです…(笑)。

しかし、上野発着の夜行特急でA寝台の列車常備券というのは、まずなかったと断言してよいでしょう。かと云って、それじゃ42AはB寝台券にして、42BをA寝台券で作ったところで、そんなのいつも刷ってる券と同じですから、特別感ゼロですもんね(笑)。なればこそ、『せっかくの記念品なんだから実際には一度も印刷したことのないピッカピカの券も何種類か加えようよ』てなオチャメの結果なんじゃなかろうか、と想像しております。

その伝で想像したのがもう一種類。

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渋谷駅指定券売り場に、硬券の青函連絡船寝台券なんて絶対になかった!

よしんば万が一置いてあったとしたって、あんなひっきりなしに客が出入りする混雑した窓口でそんなの絶対に発行するワケがない。これは上野のゆうづるA寝台常備券よりも更に何倍も非現実的だ!

まつしまにはそう感じられました。

なるほど、記念に作る見本なんですから実用性は考えなくていいワケです。となれば、現行制度上で論理的に存在し得る様式を満たしていさえすれば、どんなに現実離れした券作ったっていいんですもんね、そりゃ楽しかったことでしょう♪

作業の途中でこんなの見つけてはそのたんびにニヤニヤしながらあれこれ想像しちゃうもんですから、ただでさえ遅々として捗らない作業が益々停滞しちゃう、と、まぁそんな次第でございます、はい。









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コメント

ゆうき

完全常備のゆうづる9号特急券・A寝台券のような券は、絶対に存在しなかったと私も思いますが、見本券といえども大変美しいですね。
ただ東京の話ではありませんが、完全常備の特急券・B寝台券に関しては、昭和40年代から51年頃までの大阪駅発行のものが割と見受けられます。これはお盆や年末に乗車するものばかりで、この当時は大阪駅に事前割当された寝台を硬券で発券したものと思われます。

急行まつしま2号

絶対と云い切れる自信がなかったものですから…(苦笑)
ゆうきさん:こんにちは、こちらへもコメントをありがとうございました。

東京駅発行のA個室寝台列車常備券の実券を何度か見ているので、まさかとは思いつつも、上野駅だから絶対にない、とまで言い切れる自信がありませんでした。それで止むを得ず99.999%などと歯切れの悪い書き方をしました、お恥ずかしい。

大阪駅の波動輸送対応常備券はあかつき・明星・日本海など、けっこうバリエーションがありますよね。ときどきオークションで眺めては(いいなぁ…)と思いますが、とてもビンボタレには手が出せません(笑)。それと同じ時期、首都圏でも波動輸送対応の常備硬券がときどき出ていましたね。新宿駅発行のみずほとかはやぶさといった立派な券をたまに見かけますし、また、本当の臨時のはくつる・ゆうづる・つばさなどでも割とちょくちょく目にします。日付はだいたい昭和50(1975)年あたりまでですので、MARS105の導入で収容できる在庫(座席)の規模が大幅に拡大された時点で硬券が季節波動に活躍する機会もほぼ消滅したのだろうと推測しております。その当時はまだスネカジリの高校生でしたので、自分の小遣いで高価な指定券をコレクションするなんてお大尽みたいなマネは全く慮外の沙汰でした。ビンボウって悲しい…。
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プロフィール

急行まつしま2号

2019/8/12 に Yahoo blog から移ってきました。2008/3/28 から活動しています。

残念写真はFH君(高校時代の同級生)の叔父さん(故人)が1960~62年にかけて撮影したもので、まつしま(以下、管理人という)は約40年前、高校卒業時にそのベタ焼きスクラップ帳をFH君から預かりました。

約半世紀が過ぎ、管理人にも終活準備の必要が迫ってきましたが、どの被写体もこのまま埋もれさるのはあまりにも惜しいと考えて公開を決意しました。

全ての記述と残念写真を除く全ての画像は、管理人によるものとお考え下さい。従って、残念写真に対する苦情・異議等は、いっさいお受け致しかねます。この点、あらかじめご了承頂くとともに、不同意の方の閲覧は(たとえ記事が全公開に設定されている場合であっても)お断り致します。

また、残念写真以外の全てについては、管理人の責任と権限で対応致しますが、管理人が【適切でない、相応しくない、好ましくない、不快である】等と判断した書き込みは、発見し次第、全て管理人の一存で警告なしに即刻削除します。この点も併せてご了解頂きます。

なお、上記の点は、全て【管理人の固い意思】であって【どなたからどのような種類の申し入れ等があっても応じない】こと、及び【どなたとの議論にも応じない】ことを、あらかじめ明記しておきます。

これらの方針に同意されない方の閲覧は当方から固くお断り致しますので、どうぞ速やかにご退出ください。

記事を閲覧される方は、(万が一紛議等が生じた場合も含めて)全てここに記述した方針に同意され応諾された方として対処致しますので、念のため此処に併せて明記しておきます。

原則的に【来る者は拒まず】が基本スタンスですが、ただし、管理者に対して過去に敵対的言辞等を執った事実のある者からの再接触等は、たといそれが当該敵対的行動の撤回及び謝罪並びに釈明等であっても、その全てを拒絶します。

もし釈明や和解の必要を感じたなら、その時点で直ちにそう処置した筈であり、またそう処置すべきでもありました。それをしないまま再接触を図るということは、

①なんらかの意図があって、非敵対的な態度を偽装もしくは隠蔽している

②記憶力に欠陥のある攻撃的性格

上記①または②のいずれかと考えざるを得ません。すなわち将来に於いて再び敵対的言辞を吐き散らし敵対的行動を執る危険性が極めて大きい者である可能性を窺わせる者である、と見做し得るわけで、そういう面倒くさいヤツと関わり合うのは金輪際願い下げ、二度と御免蒙ります。

そんなヤツに愛想笑いなどする気は全くありません。見つけたら直ちに叩き出して塩を撒くので、そのつもりで。

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