作業中

国鉄東京印刷場が昭53(1978)年に鉄道文化功労賞という表彰を受けました。

一般にはなじみのない、とゆーか、相当ディープな内部情報まで知っているテツでさえもほとんど聞いたことがない表彰制度ですが、ザックリ云うと、学校の部活動とか奉仕活動等に相当する【業務外の文化活動】を顕彰する制度だったようです。

巻頭の場長挨拶は、『その表彰の副賞を原資として、通常とは趣旨の異なる記念品とした』と制作の趣旨を述べています。

なるほど、たしかに普通なら同じ見本帳には決して並ばないであろうバラエティーに富んだ見本券が所狭しと並んでいて非常に楽しい資料なんですが、その見本券を台紙に貼り付けたヒンジ(セロハンテープ)の粘着部が経年劣化して、一部剥離し始めました。

その【一部】(すなわち全部いっぺんに、ではない)というのが非常に厄介で、部分的な剥離に起因する二次的な損傷(折れたり破れたり、粘着剤が他の部分を汚損したり、など)を派生させる惧れがあります。それならいっそ先手を打ち、思い切って全てのサンプルをいったん台紙から取り外し、券自体をこれ以上損壊させないように保護できる別の保管方法を執ろう判断して、数か月前からその作業に取り組んでおります。

その作業結果は、成果がまとまった時点で皆さんにご報告しようと思っておりますが、なにしろセロハンも接着剤も劣化変質していて切符の用紙を激しく汚損しているもんですから、なかなか遅々として進みません。乾燥してボロボロに崩れて剥がれ落ちているものもあれば、浸み込んだ接着剤で用紙がべとべとになっているものもあり、状態は紙質によってマチマチ。これをあせって引っ張ったりしたら、ビリッ!と破けて、「ハイ、それまでよ~♪」てなことになっちゃいますから、奈良国立文化財研究所技官も斯くありなむ、てなカンジで息を詰めてソーッと仕事をしております。

さて。

場長挨拶の次のページには、受賞当時の全職員が一堂に会した記念写真が添えられています。

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45年前の写真にも拘わらず、個人情報とか営業秘密とかあれこれうるさいこと云ってくる面倒くさい輩がいないとは云い切れませんので、掲出した画像は元の写真の画質(解像度)を意図的に下げる加工を施しました。

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まつしまの手元にあるファイルは左側の画像で【個人を特定できるレベル】の画質ですが、それを加工処理して右側の低画質に抑えました。(ちなみに拡大表示した人物は当時の東京印刷場長氏です。)

すでに政権と政府は国鉄解体(分割民営化)を既定の方針として極秘裡に法制化を進めていて、この写真から10年経たないうちに国鉄は消滅しました。

さらに付記すると、この10年後(昭63(1988)年4月)に制作されるのが、東京印刷場(後の東京乗車券管理センター)最後の見本帳になります。

東京南局、東京西局、東京北局、千葉局、水戸局管下の駅の出札口に置いてあった切符は、全てこの百人足らずの人々が作って送り出していたんですね。




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コメント

ゆうき

ご無沙汰しております。

昭和53年10月の写真ということですが、この翌年あたりから新潟印刷場が担当していた高崎鉄道管理局管内及び東京西鉄道管理局竜王・小淵沢間の乗車券類製作が東京印刷場へ移管される一方で、冊物軟券や枚物軟券の外注化も始まることになり、以降は職員数は減少の一途をたどることになったのでしょうから、国鉄印刷業務の頂点である職場の最後の興隆を表す写真ではないかと思います。

急行まつしま2号

軟券外注化、ですか…
ゆうきさん:こんにちは、お久しぶりです。コメントありがとうございました。MARS102で使われた用紙は最初から外注だったそうですね。記事にした見本帳に収蔵されているMARS端末用紙には波模様の縦長のフォームが含まれておらず、不思議に思って調べたら、その様式は当初から外注だったことが判りました。軟券は最終的には地紋入りの用紙だけを印刷場で製造して券面の印刷は外注に回すことになったようですね。手元に印刷済み裁断前の新聞紙大の原券がありますが、流出元は民間印刷会社だったようです。いずれ機会を見てご覧いただけるようご紹介したいと思います。また、この写真の時期は宮城県沖地震で被災した仙台印刷場の業務も東京印刷場が肩代わりしていたようで、東北地区各線で東京フォーマットの券をちょくちょく見かけました。まさにフル稼働していた時代だったのでしょう。
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プロフィール

急行まつしま2号

2019/8/12 に Yahoo blog から移ってきました。2008/3/28 から活動しています。

残念写真はFH君(高校時代の同級生)の叔父さん(故人)が1960~62年にかけて撮影したもので、まつしま(以下、管理人という)は約40年前、高校卒業時にそのベタ焼きスクラップ帳をFH君から預かりました。

約半世紀が過ぎ、管理人にも終活準備の必要が迫ってきましたが、どの被写体もこのまま埋もれさるのはあまりにも惜しいと考えて公開を決意しました。

全ての記述と残念写真を除く全ての画像は、管理人によるものとお考え下さい。従って、残念写真に対する苦情・異議等は、いっさいお受け致しかねます。この点、あらかじめご了承頂くとともに、不同意の方の閲覧は(たとえ記事が全公開に設定されている場合であっても)お断り致します。

また、残念写真以外の全てについては、管理人の責任と権限で対応致しますが、管理人が【適切でない、相応しくない、好ましくない、不快である】等と判断した書き込みは、発見し次第、全て管理人の一存で警告なしに即刻削除します。この点も併せてご了解頂きます。

なお、上記の点は、全て【管理人の固い意思】であって【どなたからどのような種類の申し入れ等があっても応じない】こと、及び【どなたとの議論にも応じない】ことを、あらかじめ明記しておきます。

これらの方針に同意されない方の閲覧は当方から固くお断り致しますので、どうぞ速やかにご退出ください。

記事を閲覧される方は、(万が一紛議等が生じた場合も含めて)全てここに記述した方針に同意され応諾された方として対処致しますので、念のため此処に併せて明記しておきます。

原則的に【来る者は拒まず】が基本スタンスですが、ただし、管理者に対して過去に敵対的言辞等を執った事実のある者からの再接触等は、たといそれが当該敵対的行動の撤回及び謝罪並びに釈明等であっても、その全てを拒絶します。

もし釈明や和解の必要を感じたなら、その時点で直ちにそう処置した筈であり、またそう処置すべきでもありました。それをしないまま再接触を図るということは、

①なんらかの意図があって、非敵対的な態度を偽装もしくは隠蔽している

②記憶力に欠陥のある攻撃的性格

上記①または②のいずれかと考えざるを得ません。すなわち将来に於いて再び敵対的言辞を吐き散らし敵対的行動を執る危険性が極めて大きい者である可能性を窺わせる者である、と見做し得るわけで、そういう面倒くさいヤツと関わり合うのは金輪際願い下げ、二度と御免蒙ります。

そんなヤツに愛想笑いなどする気は全くありません。見つけたら直ちに叩き出して塩を撒くので、そのつもりで。

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