• 08年9月15日の騒動
    騒動は、中部・東北のキハ81、キハ82、キハ181などの気動車特急の写真を一挙に掲出した記事で起きました。いくつかに分割して掲出した写真記事のひとつに【ある人物(以下A氏と表記します)】からコメントが寄せられました。内容は、『山陰地方でも昨今はキハ120の進出が目に付くようになり、これら(まつしまが掲出した写真の車両を指す)を始め国鉄形の姿もなかなか見られなくなってきた』という趣旨でした。まつしまが題材に取...
  • 初めての10分割…
    以下は、【気がつけばヒマもカネも無縁の存在になってしまったオヤヂがヒガミとシットと羨望にまみれた恨み言をクドクドと述べている】すなわち、ほぼ全編が【愚痴】から出来ている文、という先入観を強く持ってお読みください(笑)(そうでないと、ただの毒舌になっちゃいますので…)残念写真撮影者は、カネはなかったけれどヒマと学割だけはふんだんにあった、とゆー、社会人から見ると許し難い恵まれた特権をフル活かしてカメ...
  • 初めての10分割-その2
    書庫の区分は【国鉄蒸機】にしました。実は蒸機の写真はそれほど含まれていない、というより、気動車の写真の方が圧倒的に多いのです。けど、いずれ登場するそれをご覧いただけば、やっぱりここは『なんださか!こんなさか!』と喘ぎながら踏ん張る蒸機こそが主役に相応しい場所だよなぁ、というまつしまの思いにもある程度のご理解はいただけるのではなかろうか、と思っており次第です。もっとも、まつしまはそういった種類の思い...
  • 初めての10分割-その3
    さて。いましも立野を発車した気動車は赤水へ向かって登攀を開始するのでありました。クリックして拡大してご覧下さい。画面の奥に気動車の姿が写っておりますので。小さくて判りにくい写真ですが、まさに撮影者がはるばると立野までやってきたのはこれをフィルムに収めたかったからなのでしょう♪(つづく)...
  • 初めての10分割-その4
    気動車はぶじに走っていきました。さて、これからが長い。山岳線で、特殊な線形で、もちろん単線で。という訳で、次の列車が山登りを始める前に、まずは人間様の方がお出迎えのための山登りを済ませておかなければなりません。こんどはどのあたりで狙おうかなぁ。でも、背景の空の様子から見るに、この日は相当暑かったんじゃないでしょうか。雨に降り込められるよりは遥かにマシでしょうけど、それにしてもまぁ、日盛りをエッチラ...
  • 初めての10分割-その5
    まずは遠景で一番低い位置を。で、待つことしばし。きたぁーーーっっっ♪って…、 ありゃ?デッキに立ってる乗客がいるようですけど、その人たちって、なんちゅーのか、その、今もホームの先端あたりで見かけるヒトビトとなんとなぁ~く似通った姿に見えるような気がしませんか?(つづく)...
  • 初めての10分割-その6
    ま、写っちゃったもんは仕方ないや。これをボツにしたときのために、もう1枚。と考えたかどうかは判りませんけど、スイッチバックを上ってくる推進運転を、もう1枚写しています。で、ラストは一番高い線路を再び進路に向かって先頭に立ったC58、というわけですね♪こうしてみると小ぶりなC58といえども、逞しさ力強さ頼もしさといった形容詞をズラズラッと並べて賞賛したくなっちゃいますね♡歴史にれば・たらを差し挟んでも...
  • よい子はマネしちゃダメだよ!
    まつしま:  オヂさんは悪いオトナだから、こーゆーことをやっちゃったんだからね。普通のヒト: えーっとあの、それって、よい子がマネしてそーゆーことをやっちゃダメだ、って         理由の説明になってないですよね、全然…ま: ふふふ、それはよいところに気がついたね、アケチ君♪普: なに云ってんだお前? だいたいワタシはアケチじゃないし! ってか、お前バカだろ?? ま: ふわっはっはっは! よくぞ...
  • 特急に乗ったんだよ♪
    ぼくは、夏休みに、おかあさんと、東京へ行きました。早起きして、仙石線の電車に乗って、朝の七時ころに仙台につきました。だから、その日と、その次の日と、その次の次の日は、ラジオ体操を休みました。ひばり号という、特急に乗りました。ぼくは、まどの方のせきにすわらせてもらって、何時間もけしきを見ることができました。そんな絵日記を書いたのかもしれませんね♪この特急券は、高校の同級生から貰いました。なんでも東京...
  • 初めての10分割-その7
    ほんではつづきと参りましょう。登ってきてますねぇ♪ かなりノロいっスよ、これ。ぐゎんばれぇーーー!!(つづく)...
  • 初めての10分割-その8
    やれやれ、なんとか登って行きましたね♪たった2両でしたが、それでもエンジンがブッ壊れるんじゃないかと思うような音を立てて走って行ったことでしょう(たぶん)さて。ほんでは、またちょこっと場所を変えてみませう。(汗をふきふき山登り)おわぁーーっっっ!! こ、こ、これわ!!!(つづく)...
  • Not なんちゃって but 実券
    先だって、急行が停車しない駅から乗ることにして作ってもらった【なんちゃって急行券】をご覧頂きました。そこに lineさんがお寄せ下さったコメントの通り、当時の浜吉田と北白川には急行は停車しませんでした。ところが、です。まつしまは、その、急行が停まらない筈の駅から急行に乗せて貰ったことが一度だけあるんです。話せば長くなるんですが、まずはそのエビデンスをご覧頂きましょう。これッス。 ↓ これ♪1975(昭50)年7...
  • 初めての10分割-その9
    な、な、なんと!列車のアタマとオシリに反対向きに鼻面を向けた機関車が1両づつ!かぁーーーっ!!たまりまへんな、こりゃ♪回送だったのか補機だったのか、煙突から出ているケムリの具合からはなんともビミョーな状況ではありますが、こんな列車を見たら腰抜かしちゃいますわねぇ…次も、この区間で撮れてよかった!という写真だと思います。 ↓ これ…この情景って、いま現在の国土地理院の 1/25000の地形図と見比べても殆ど状況...
  • 初めての10分割-その10
    というわけで、立野の三段スイッチバックと本人が得心のゆくまで(かどうかは判りませんが)付き合った残念写真撮影者は、最後にこの線区のオヤクソクを撮影してオシマイにしたようです。はい、こちら♪ここは、今でも多くの撮影者がカメラの砲列を敷く名所ですよね。それにしてもいかがでしょう。線路が平坦になった途端に、この走りの軽やかそうなこと。でも、そりゃそうでしょうね。下手すりゃケムにまかれて窒息死しちゃったか...
  • 初めての10分割-番外編
    全然国鉄蒸機でもなければ立野の三段式スイッチバックでもない、『なんだこりゃ?』という写真です。おそらく撮影者は宮崎・別府方面から大分にやってきて、そこで豊肥本線に乗り継いだのでしょう。ですから、順路としては立野を登攀したのではなく、熊本に向かって険路を下っていったのだろうと思います。で。スイッチバックの激写が始まる直前のベタに写っていたのがこれでした。これ1枚きりでしたから、あっちの方に停まってい...
  • 正調・残念写真
    なにがなぜどのよーに残念なのか。そーゆーことを、ここでまつしまのよーな浅学の徒がしたり顔でクドクドと述べ立てる必要は皆無です。なぜなら、これをご覧になった瞬間に、1000名の人が1000名とも『嗚呼…』と嘆息すること間違いないからでございます、はい。残念写真とは、こういう画像を形容するためにあるコトバだったのですねぇ。んでもこれ…つばさ51号さんにお願いして画像のサルベージというか修復を頼んでみようかなぁ…で...
  • クラーク博士、の時代?? ではないですね…
    札幌農学校を離れるクラーク教授が学生たちに投げかけたコトバはあまりにも有名ですね。その真意がどこにあったのかは、言葉を発したご本人にしか判らないことではありますが。ところで、まつしまがかつて勤務した職場に、そのクラーク先生が教鞭を執られた学校を卒業してきた優秀な女性がおりまして、『まつしまさん、あれ、Boysっておかしくないですか?』なかなかに理知的な美人で、その彼女がこちらの目をの覗き込むよーにそー...
  • もうええ、わかった、っちゅーんじゃ!!
    先日掲出した普段着のEF5861の写真ですが、あまりといえばあまりでしたので、もうちっとマシにならないもんかといじくってみようとしました。結論を先に書きますが、ダメだと思います。説明はコトバを並べるより、まつしまが【頑張った】と主張する技能レベルを現物で確認して頂く方が早いし正確だと思います。  ↓ まつしまの主張 【ワタシは精一杯頑張ろうとしていた(=しかしダメだった)】眠気と闘いながらあれこれやって...
  • いかにも
    年がら年じゅうピイピイいっているまつしまらしさが炸裂している、中途半端な所蔵品です。新橋ヨリ神戸と印刷されていますが、汽笛一声新橋を…の、後に汐留と改称された元祖・新橋ではなく、東京駅開業までは烏森駅と呼ばれていた方の、要するに今の新橋駅です。しかもこれ、たぶん表と裏を両方見せたかったからなのでしょうが、なんと切符を縦に裂いたその表側だけ、です。5日に出たビッグコミック・オリジナルに、和紙のような材...
  • 夢でもし逢えたら → どの資料にも出てきませんけど
    夢でもし逢えたらぁ~、素敵なことねぇ~♪確かにあったのでしょうね、こういう切符…かなり変則的な定期券、という扱いになるのかなぁ? それとも回数券の変形?今でこそ、湘南ライナーなんかで珍しくなくなった印象ですが、この当時としてはかなり変わった座駅割り当て方式だったんでしょうねぇ… ってか、それをやるだけの固定客が付いていたという証しなのでしょう。制度関連の資料をあれこれ当たってみたのですが、この様式に...
  • 【息抜き】の場所、って、なんだそりゃ?
    7月21日に【息抜き】と題する記事でキハ81の写真を7枚ほどご紹介しました。 ↓ この記事です。http://blogs.yahoo.co.jp/rinjimatsushima/28672730.htmlその記事の中では撮影順に並べましたが、これを撮影場所の順番に並べ直した画像をつくりましたので、今日はご覧頂こうと思います。あの…これ、答え合わせなんてイミではありませんので、どうぞ、線路の様子や沿線の景観などの変化を含めて気楽にお愉しみ下さい。なお、前の記事...
  • 日曹天塩礦業所-その1
    なにしろこれは判らない機関車です…ナンバープレートから考えるなら国鉄7200の兄弟姉妹か、或いはその姻戚関係にある形式ではなかろうかと想像するのが普通なんですが、その7200というのは元々北海道炭鉱鉄道の所有機で国有化される際に国鉄に移管された機関車なんだそうです。ところが、ですな。その7200というのは25両しかなかったんですね。え? でもプレートには7228って…じゃあ、これって??(つづく)...
  • 日曹天塩礦業所-その2
    旧形式番号の付番ルールをおさらいすると、#8620 → 8620型の1号機#8621 → 同2号機#8630 → 同11号機#18619 → 同100号機#28619 → 同200号機ということになっていたと思います。んで、7200は7170と7270に挟まった形式ですので、固有形式の番号としては#7200~#7269の最大70個が割り当てられていたことになります。北海道炭鉱鉄道から国鉄へ移管された25両は7200~7224の25両で、1890年から輸入が始まった Baldwin製の【モガ...
  • 日曹天塩礦業所-その3
    北海道炭鉱鉄道が延べ25両を輸入したという7200、即ち【モガール型】はこういう外観でした。(臼井茂信・著、日本の蒸気機関車、1960年10月15日、鉄道図書刊行会刊、より引用)7228とはだいぶ様子が違いますね。どちらかといえば7100、即ち弁慶・義経・静の系統に限りなく近い印象ではないでしょうか。んで、さらに!実はこの7200という形式の話をことさらややこしく混乱させている【要因】というのがあります。7200には、もう1系...
  • 日曹天塩礦業所-その4
    とまぁ、縷々述べてきたような事情で、この7228なる機関車が本当に7200(その2)の系統に連なる形式であるのかどうかは、実はきちんと解明できておりません。できてはおりませんが、それがはっきりしてもしなくても、そのために困る人も特段いるとは思われませんので、これはこれでいいことにしちゃいませんか?で、その7228のラスト2枚です。ただし、この時点で7228はおそらくもう火を落としていますね。ひょっとすると廃車解体...
  • オヂさんは、怒ってるんだぞ!!
    なんて…かつてタモリが【笑っていいとも!!】でおチャラケてみせた表現でしか世間にアピールする手立てを思いつくとこができないのですが…http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090810-OYT1T00520.htmhttp://www.asahi.com/national/update/0810/OSK200908100067.htmlhttp://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20090810STXKB024310082009.html馬鹿野郎、ですね。鉄道員失格。てめえの仕事をなんだと思ってやがるんでしょう?こん...
  • 小休止!
    昨日、日曹天塩鉱業所専用鉄道の7228号機について、ちょっと肩に力が入りすぎちゃいました(笑)そのせいか、コメントを寄せて下さったのは YASUZIROさんお一人だけでした。いえ、それが世間一般としてはノーマルな反応だったんだろうということを、よぉーーっく理解しております。YASUZIROさんは、普通に統計をとるつもりでサンプリングしたら行き当たったかどうかわかならい、確率としては検討対象外のような、100人のサンプルで...
  • わかんなぁ~い♪
    日曹天塩鉱業所に所属する車輌であることは間違いありません。んでも、さっぱり判りません。この2枚の写真は凄すぎる、と思います。ラッセル車はダース・ベイダーにそっくりだし、もう片っぽときたら、経理処理上【車輌運搬具】に区分するのか【備品什器】に区分するのか全く見当がつかない【板張り】のナニ…しかもこの外板の朽ち具合、断じて『ここ数年』ってイメージなんかじゃないッスよねぇ…どうやって監査をクリアーしてたん...
  • 日曹天塩礦業所-その5
    予定していた順番を変更して、この専用線で日向ぼっこをしていた老客車をご覧頂くことにしたいと思います。昨夜掲出した板張り客車はこちら。(再掲ご容赦!)なぜだか判りませんが(でも、おおかたの想像はつきますが)全身を台風を迎え撃つ家屋のような木製ガードでガッチリと固めています。これ、強風には効果があるのかもしんないですけど、この辺りの最低気温だとか【シバレる】気候なんかに対してはどんだけ意味があったのか...
  • 国会で青島幸男が決めたのか??
    人生の師と仰ぐバカボンのパパの名言です。彼がそう云うのだから、それが正しいに決まっているのだ、たぶん…で。それと全然関係ありませんけど、国会に青島幸男が当選する前の時代から、こういうものがあったのだ。(1)利用者氏名不詳(2)利用者氏名:衆議院議員・華山親義(山形1区・社会党)(3)利用者氏名:参議院議員・松本賢一(広島選挙区・社会党)(4)利用者氏名:参議院議員・山田勇(全国区・無所属)(5)利...
  • ちゃんと結末はつけます
    この画像をここに掲出するまでの間に、パソコンとの問答で * この画像を保存しますか? * いいえという不毛のやりとりを、掲出した写真の枚数分だけ繰り返しました。その面倒さ(=コンピューターと付き合うための煩わしさ)は、おそらくは皆さんが大同小異なのだろうと思います。ですから、それに(=約束事や手続き)対してくどくどと苦情を並べ立てることが【筋違い】であることは重々わきまえております。んだから、そー...
  • 鎮魂、黙祷。
    64度目の敗戦記念日が巡ってきました。まつしまは母と父から『お前が成人してからどう考えるかは自由だが、私たちはお前にこの日を戦争が終わった日ではなく、戦争に負けた日だと教える。だから、今はそう覚えなさい。』という話を聞かされて育ちました。父は兵役につく前に敗戦を迎えましたので従軍経験はありませんでしたが、しかし学徒動員で勤めていた工場では級友が事故死するのを目の当たりにしたし、また、彼の家は5月25日...
  • 8月15日に思い出すべき切符
    昨年6月ですが、【資料の部類】というタイトルで引揚者乗車票に関する記事を書きました。 ↓ こちらです。http://blogs.yahoo.co.jp/rinjimatsushima/9925844.htmlその翌日、さらに思い出して同様の記事をもう1件つ追加しました。 ↓ こちら。http://blogs.yahoo.co.jp/rinjimatsushima/10001724.htmlこれをベースにして昨年の敗戦記念日に記事を書こうと思っていたのですが、ほかのことに取り紛れて失念してしまいました。です...
  • まつしま製・残念写真
    1974年3月に仙台駅で撮影しました。仙石線はホームは狭いし、沿線には家が建て込んでいるしで、だいぶ遠くまで足を延ばさないとちゃんとした写真が撮れませんでしたが、ひばりやはつかりやまつしまを追い回しているうちに、特別快速をちゃんと撮影できる場所まで行く時間がなくなってしまいました。それでこの始末という訳です。ご存知、クハ68。そしてこちらが、クモハ54。どちらも仙石線には珍しいセミクロスシート車、特別快速...
  • 勤め人・出張・書類鞄
    オヂさんたちは、手提げかショルダーかはともかく、おしなべて大きめの書類鞄を持ち歩く傾向が見られます。んで。中にはどんなもんが入っているのかとゆーと…もちろん、書類が入っています。今の時代なら、小型のパソコンが書類の代わりに入っているのかもしれません。他には新聞とか雑誌とか、レース予想紙なんてのが入っているかもしれません。まつしまのとーちゃんは、そういうものの他にカメラを突っ込んで歩いていたようです...
  • これも…
    出張の途次、らしいです。ちゃんと仕事してたんでしょか???  とてもそうは思えませんね…ってか、もし、まつしまがこいつの上司だったら、絶対に一人じゃ出張には出しません。世間一般の普通の健全な管理者だったら、『仕事の成り行きに不安を覚える』という理由で【監視員】を同行させるんだろうと思います。けど、まつしまはそこんところが違っとりまして…仕事は、どんなにうまくやったって、失敗するときは失敗するもんです...
  • 気が付きませんでした
    ネガを画像ファイルに取り込んで保存する作業、遅々として進みません。自分であれこれやってみて、ネガってこんなに劣化するものなのか、ということに、驚いております。もっとも、こちらの取り扱いもかなり【手荒い】ものだったと思いますので、傷みは致し方ないのでしょう。んで、ためいきまじりの作業をしていると、『ん?』長町機関区の一隅に保存されていた当時のED9121、すなわちED4521ですが、これを撮らせてもらったのは確...
  • にらめっこ
    とてもオトナが書くこととは思えないよーな、もっとストレートに云えば、知能の状態に疑義を生ずるタイトルではありますが…せめて、両者土俵中央で睨み合っております、くらいの書き方にすればよかったですね (←どっちだって、そう大して変わりないじゃん…)けど、交流機関車の顔立ちって、(あくまでも、この当時の直流線区の主力機関車との比較に於いて、なんですが)なんだか険しいというか、怒っているみたいだというか。い...
  • へっへっへぇ~♪
    ゴソゴソやっていたら、とうとう見っけました♪仙鉄管内最末期の蒸気機関車の【超】残念写真の数々!撮影者は、もちろん、このまつしまめ。こいつがカメラを手にした画像に、まともな内容が記録されていよう筈がない!これは自信を持って宣言いたします。皆さん、決して期待しちゃいけません! ただ蒸機が写っている、ってだけの写真なんですからね!! ハッキリ申し上げておきますが、ほぼ85%以上がバチもんですからね。え? ど...
  • 反応がイマイチですので
    閲覧ご希望の画像があれば、ご要望にお応えいたします。最初にお断り申し上げたとおり、いっくら仙鉄局最後の蒸機の姿とはいえ、撮影者の技量があまりにもお粗末きわまりない状況ですので、反応がイマイチであることは当然だと思っております。で。それを無視して、『オレが撮った写真なんだぞ、すごいだろーーっ!!』なんて恥さらしなマネはしたくありませんので、もしも、大きな画像でご覧になってみたい、とおっしゃる方がいら...
  • どこで撮ったんだよぉーー??
    九州である、ってことのほかにはさっぱり判りません。1枚目も長崎なのか佐世保なのか途中の駅なのか…助士さん、腕! 後生だから、うでを引っ込めてもらえませんか?? お願いっ!!空が広いですねぇ… 架線がない鉄道用地って、こんなに広々していたんだ。これだとC11なんか、実際以上に小さく可憐に見えちゃいませんか?なにこれ?  絶句…そういや、新井素子が同じ題名の小説を書いてましたっけ。確か、彼女は高校2年でプロ...
  • 突然ですが
    残念写真には、こんなのも混じっておりましたので♪撮影者は、横軽へED42とキハ82(←むふふふ、凄いッスよね♪)を撮りに行く道すがら、高崎で降りてこーゆーモノまで撮影しているんですねぇ。そのバイタリティーは確かに敬服に値するとは思うんですが、それにしても、もうちょっとちゃんと焼き付けておいてくれたらねぇ…、とか思っちゃうわけですよ、やっぱり。けど、これ、撮ったのはホームからじゃないですよね。どうやって入れて...
  • おまちどうさまっしたぁ~
    ひでさん&シービーさんからのご注文にお応えいたしました♪ご注文、あざぁーーッス!...
  • これは外せないッスよね♪
    残念写真には意外とまつしまが熱を上げた形式が写っていません。熱を上げる、というのは、いままさに現役で活躍している姿に焦がれる、というくらいの意味ですが、考えてみると、現在『国鉄型』で括られる車輌に血道を上げる熱烈なマニアがいるのと同じように、まつしまの時代にはそういった対象は蒸機であり旧形の電機・電車だった、ということなんですね。だとすると、残念写真はまつしまが熱に浮かされた時期より更に15年ほど時...
  • だいぶ傷んでいましたが
    東京駅で実物に巡り会えました。東北線・上越線・信越線にも季節列車で頻繁に運転されていましたから、タイミングさえよければ邂逅はそう困難ではなかったのでしょうが、なにしろこちらの居住地は仙台。頻繁に走っていると云われたって、最低でも大宮あたりまで出てこないことにはお目にかかれなかったわけで…この数年後には183に置き換えになり、やがてそれも185の【踊り子】に変遷してゆきました。色々な雑誌に末期の157の状態に...
  • 帰省列車
    高速道路の値引きが誘因になって、今年は行楽や帰省などに自家用車を利用する人が増加したようですね。旧盆直前に起きた東海地方の地震で、車から他の交通機関に移動手段を変えた人も多かったようですが、鉄道は高速道路の値引きにだいぶ苦戦を余儀なくされたようです。そんなニュースを見聞きしながら、そういえば帰省列車なんて言葉も最近は耳にしなくなったなぁ、なんてことをボンヤリと考えておりました。昭和48年=1973年です...
  • 写真がひどすぎて… ゴメンナサイ
    7月31日に、【これも青帯】というタイトルで座席に白いカバーがついた定山渓の2等車の写真をご覧頂いたところ、いつもこのでき損ないブログをご贔屓にして下さっている『あつdesu』さんから、『そういえば、定山渓から長野電鉄に転勤してきた電機がいましたっけ…』というコメントを頂きました。そういえばそういう機関車がいたよなぁ、どっかに写真があった筈だよなぁ、なんてゴソゴソやっていたのですが。で、あるにはありました...
  • 陸羽東線のC11
    いつもこのでき損ないブログにご訪問くださっている igtadさんが、日中線のC11の記事にお寄せ下さったコメントがありました。白河以北の機関車なら…うーむ。結構スルドいところを突いてきているなぁ。内田百の【雪解横手阿房列車】を持ち出すまでもなく、白河は仙鉄と東鉄の分界点。福島か郡山で付け替えになったのでしょうけど、東北線の準急・急行が上野に到着する時に先頭に立って肩で息をしていた機関車のねぐらは尾久か白河...
  • 陸羽東線のC11、つづき
    という次第で、さきほどに続く写真をもう3枚ほど。あと15枚くらい残っておりますが、それはまたタイミングを見ておいおいご覧頂いてゆこうと思います。どうぞゆっくりと気長にお楽しみ下さい♪ところで、どうでもいいことなんですが…今日(2009/8/19)の【訪問者】のカウントが今現在で200名くらいになりかかっていて驚いております。普段は10とか15くらいがせいぜいで、まつしまとしてはそれがこのブログの記事を丹念にお読み下さる...

プロフィール

急行まつしま2号

2019/8/12 に Yahoo blog から移ってきました。2008/3/28 から活動しています。

残念写真はFH君(高校時代の同級生)の叔父さん(故人)が1960~62年にかけて撮影したもので、まつしま(以下、管理人という)は約40年前、高校卒業時にそのベタ焼きスクラップ帳をFH君から預かりました。

約半世紀が過ぎ、管理人にも終活準備の必要が迫ってきましたが、どの被写体もこのまま埋もれさるのはあまりにも惜しいと考えて公開を決意しました。

全ての記述と残念写真を除く全ての画像は、管理人によるものとお考え下さい。従って、残念写真に対する苦情・異議等は、いっさいお受け致しかねます。この点、あらかじめご了承頂くとともに、不同意の方の閲覧は(たとえ記事が全公開に設定されている場合であっても)お断り致します。

また、残念写真以外の全てについては、管理人の責任と権限で対応致しますが、管理人が【適切でない、相応しくない、好ましくない、不快である】等と判断した書き込みは、発見し次第、全て管理人の一存で警告なしに即刻削除します。この点も併せてご了解頂きます。

なお、上記の点は、全て【管理人の固い意思】であって【どなたからどのような種類の申し入れ等があっても応じない】こと、及び【どなたとの議論にも応じない】ことを、あらかじめ明記しておきます。

これらの方針に同意されない方の閲覧は当方から固くお断り致しますので、どうぞ速やかにご退出ください。

記事を閲覧される方は、(万が一紛議等が生じた場合も含めて)全てここに記述した方針に同意され応諾された方として対処致しますので、念のため此処に併せて明記しておきます。

原則的に【来る者は拒まず】が基本スタンスですが、ただし、管理者に対して過去に敵対的言辞等を執った事実のある者からの再接触等は、たといそれが当該敵対的行動の撤回及び謝罪並びに釈明等であっても、その全てを拒絶します。

もし釈明や和解の必要を感じたなら、その時点で直ちにそう処置した筈であり、またそう処置すべきでもありました。それをしないまま再接触を図るということは、

①なんらかの意図があって、非敵対的な態度を偽装もしくは隠蔽している

②記憶力に欠陥のある攻撃的性格

上記①または②のいずれかと考えざるを得ません。すなわち将来に於いて再び敵対的言辞を吐き散らし敵対的行動を執る危険性が極めて大きい者である可能性を窺わせる者である、と見做し得るわけで、そういう面倒くさいヤツと関わり合うのは金輪際願い下げ、二度と御免蒙ります。

そんなヤツに愛想笑いなどする気は全くありません。見つけたら直ちに叩き出して塩を撒くので、そのつもりで。

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