• もうひとつ
    残念写真当時、新製配置が進む新車だったというのに、キハ20という形式がなんだか油断し切った車輛に見えてしかたなかった、というもうひとつの理由を…。北は北海道から南は四国九州まで、冷房がなかった時代ですから夏場の列車が、まして床下でエンジンがブルブル唸りを上げている気動車の車内温度が高かろうことは容易に想像がつきますが、しかしまぁ、みごとに口をアケッパにしたまま本線上を営業走行している姿が、このよーに...
  • 松山駅…?
    短い気動車の列車が着いて、そこからタブレットを受け取った助役が、行き違いの列車にそれを渡すために駈け足で急いでいます。ホームには屋根こそかかっていますが、片持ちの貧相な様子はとても県庁のある町とは思えません…。50年前の松山駅って、こんなに鄙びたところだったんですねぇ…。驚いたぞな、もし。と、坊ちゃんに出てきた言い方を真似したら、松山出身の人から、『いま、松山でそんな言葉を話す人はいません!』と難詰...
  • 晩秋
    って、このクソ暑いさなかに、なにウワゴト語ってやがんだ!お怒り、まことにごもっとも。まつしまもそう思います。しかし、いましばし待たれよ、我が同胞。あと60日もしないうちに、『う゛ーーっ!さぶい!!』と手をこすり合わせながら、熱燗&オデン、とか、熱燗&秋刀魚の塩焼き、とか、熱燗&鮟鱇鍋とか、全て熱燗付きなのがちょっとアレかもしんないですが、とにかく、そーゆー美味♪にひとときの安らぎを求める自分が、必ず...
  • まともなキハ20は
    どれもキハ20の系統に属すること、少なくともキハ17のご一党さんでないことだけはハッキリと判りますが、それと同時に【まともなキハ20は1枚も写っていない】ということも、これまたハッキリ判っちゃいます♪まぁ、それはそれで、『おおらかよろしい』って見方もできるとゆーことでしょうし、キハ20という形式の幅の広さとゆーか、眷族の多さとゆーか、我が国に於ける気動車の、ひとつの完成形と呼べるステージに位置していた形式で...
  • キハ20の部屋-その5
    これまでキハ55やクハ153など、既に線路から姿を消して久しい形式の車輛たちの残念写真をカテゴライズ(ってほどのもんでもありませんでしたけど)して皆さんのお目にかけてまいりました。このところ、再掲出の写真ばかりだからなのでしょうか、半世紀以上前の写真とはいいながら、そんじょそこいらでは簡単に目にすることができない筈の残念写真に対して感想などをお聞かせ下さる方が目に見えて減ってきました。まぁ、そうはいっ...
  • 無愛想
    1960(昭35)年の春から初夏の頃、大学生になったばかりの撮影者は仲間たち(鉄研のメンバー?)と房総方面へ小旅行だか撮影行に出かけたようです。被写体はC57やC58の牽くローカル列車、佐倉の8620、それらの合間に走ってくる気動車など。目的は撮ることだったのか乗ることだったのか、はたまた飲むことだったのか、まぁ決して学術研究でなかったことだけは確かだと思いますが(笑)。同好の士が周囲に大勢いたからなのでしょう、...
  • 身から出た錆び
    大阪駅構内、と思われます。ひっきりなしに列車が発着する大阪駅の、よくもまぁこんな場所で撮影できたものだと感心します。鉄道員が大勢働いている大ターミナルですから、職員の目をかすめて線路に飛び降りるなんて軽業は、忍者じゃあるまいし、いくら撮影者が身のこなしが軽やかな学生だといったって、そんなの出来っこありませんから、ちゃんと許可を得て線路に降りていた筈です。だとしたら、なんとおおらかな時代だったんでし...
  • 感覚がズレとりゃせんか…?
    なにしろまつしまは東北の田舎町で育ちました。んだから、同世代の都会っ子たちと比べると、やっぱり垢抜けしないところだらけで、それは就職して上京したときにイヤってほど思い知らされました。んでもまぁ、しかたないッスよ。今みたいにフェイスブックだのラインだの、そういうツールなんかありませんでしたから、今この瞬間に東京でなにが起きているかなんて、テレビかラジオの速報で知るのが最速で精一杯の方法だったんですか...
  • もう1枚!
    もう1枚、キハ22がもっともキハ22らしく見える(と、まつしまが思っている)残念写真を♪準急ノサップ、ということは、撮影地は根室本線のどこか♪それ以上のことはなんにも判りませんけど、判らなくたっていいじゃん、と思わせる1枚ではないかと思っております。ついでながら…このキハ22、というより、大きな空には、↓ これがベストマッチかな、なんて。https://www.youtube.com/watch?v=nliyDVA5KCoなんか、ちょっと途中...
  • 撮ると、乗れない…
    残念写真の当時、電車や気動車を充てた優等列車の先頭には、各局とも意匠をこらして積極的にヘッドマークを取り付けていました。特急は別格ですが、急行以下の列車で機関車が牽引する場合には殆ど見られなかったようで、それがどのような事情によるものなのかはつまびらかではありませんが、電車も気動車も始発駅に入ってお客を乗せ始めた後から駅員がヒョイと取り付けるような、そんなお手軽な感じで扱っていたのかもしれないなぁ...
  • これもごく少数派
    まつしまが鉄道雑誌などを読んで得ている知識だけでいうと、キハ20が配備され始めたのは1957(昭32)年度からだったと思います。キハ10に比べたら段違いの客室!『よしゃ!こいつで準急料金を巻き上げてやれ!』と旅客局が云ったかどうかは知りませんが、そう思っても不思議はないくらいに、キハ10との格差は歴然としていました。とはいっても、やっぱり従来の設計思想から抜け出せていなかったことが車体側面の窓に現れてしまって...
  • (関)亀山駅1.5km圏内
    写真と地図を見比べた範囲では…。どうも亀山駅を中心にして、1.5~2.0km程度の範囲をウロウロしたのではなかろうかと思われます。どれも地味なうえにさらに地味な列車です。撮影者は新鋭で配置が始まったばかりのキハ20を(気持ちのうえでは)バリバリに激写した(つもりな)のだろうと想像しますが、後世から眺めた私たちは、なんとも鄙びたローカル列車であることだなぁ、という感想を抱くのではないでしょうか。むしろキハ20そ...
  • 新潟地区のキハ20
    日本全国、どこに行ってもかなりの確率で遭遇したキハ17とキハ20。よもやこの気動車が、ファンの【追っかけ】のターゲットになろうなどと、70~80年代にゲンナリしながら乗らざるを得なかった私たち世代のいったい誰が想像できたことでしょう。いまここで、その視点に立って私たちの20年30年先輩たちがどんなふうに感じていたのかが、なんとなく判るような気がしています。D51なんて、カメラを向けるやつの気が知れない。ほんとう...
  • 残務整理 - 2016/7/13 - その1
    北海道で残念写真撮影者が記録したキハ20を、いっぺんに掲出します。この記事に一度に添付できる画像は最大で25枚までということなので、半分つづ2件に分けて掲出します。それでタイトルに【その1】が付いております。記録も殆ど残されていませんし、いちいち読まされる方も(書く方も)煩わしいことではないかと考えますので、補足記事は省きます。とはいうものの、中にはびっくりするような稀少写真も混じっております。けど、...
  • 残務整理 - 2016/7/13 - その2
    その1からの続き、第二陣の13枚です。なんというか、皆さんの目にはまつしまがキハ20を非常に粗雑に扱っているように映じるのではないかと思いますが、そう思われても致し方ありません。まだまだ残務は山のように残っておりまして、その一方で、京葉臨海線に入れ揚げておる身としては、そうなるのも半ば止むを得ないことだと思っております。それに、残務整理には【最大の難関】ともいうべきD51が殆ど手つかずで残っているという...
  • どこを走った快速でしょうか♪
    前にも掲出したことがあった(と思うんですが、自信ない…)写真の筈です。ベタの番号、隣に停まっている列車の表情、空模様、その他いろいろな状況証拠から推察するに、おそらく同じ列車のアタマとシッポのようです。これ、先頭車が進行方向に向かって右側に傾斜しちゃいそうなバカでかい(しかも、色気もなにもあったもんじゃない実用一点張りの)ヘッドマークを重たそうに掲げていなかったら、おそらく撮影者もレンズを向けなか...
  • キハ20づいてしまいましたので
    小湊のキハ201に乗りに行ってからこっち、すっかりキハ20色に染まってしまったような気がしておりますので、このさきしばらくは残務整理の中から同形式を抜き出して並べてみようかな、と考えております。(途中で飽きちゃうかもしれませんけど…)撮影は1961(昭36)年、場所は、どうも津山あたりらしいんですがハッキリしません。ただ、ベタに写っている前後のコマから、【中国山地を走る路線のどこか】であることはほぼ間違いなさ...
  • キハユニ25の残念写真は、なかった…。
    合造車なのにデッキ付き。寒冷地ならではの仕様で建造されたキハユニ25は、全部で7両しかなかったそうですが、その全てが北海道支社管内にいたそうです。残念写真撮影者が渡道したのは、1960(昭35)年の夏季休暇にただ一度だけだったようで、フィルムの本数にして20本以上も撮りまくっていますが、残念ながら周遊券の有効期間内に稼働中のキハユニ25に邂逅する機会は得られなかったようです。そんなことはない、ひょっとするとチ...
  • 南九州のキハ20
    今日は暑くなりそうです。本当だったら、【残務整理 - 2017/6/2】というタイトルで掲出している写真なんですが、なにしろ暑苦しさが画面に横溢していますので、今日の気温に追い討ちをかけられるよりも、亜熱帯な南国(爆笑)の気動車という訴えかけでサラリとかわしておく方が、皆さんからも『同感!』と思っていただけると考えましたものですから…。指宿枕崎線頴娃駅へ進入する列車です(列車番号なんか判りませんが…)。お次の...
  • 嗚呼、現像液の気泡…
    残念写真で残念なのは、撮影者の撮影技術だけではありません。撮影者は、撮ってきたフィルムを決して町のDPE店には出し(出せ?)ませんでした。何故かといえば、そんなお金の持ち合わせなどなかったから、です。切符を買って、汽車に乗って、何日も泊りがけで遠くの機関区の見学や写真撮影に出かければ、宿にも泊まるし、メシだって食わなきゃなりません。(駅寝・野宿や飯盒炊爨的自炊をしなかったかどうかは写真からではわかり...
  • 残務整理 - 2017/8/11
    キハ20を順不同でやっつけていきます。最初は御茶ノ水駅。何度か掲出したことがある写真ですが、新宿発銚子行の準急が設定されたばかりの頃だと思います。全金製79系電車と並んだ様子なんて、演出過剰、とゆーより、『えっ?これってもしかしたら、ヤラセってこと?』なんて勘繰っちゃうくらいに【時代考証】的な(大爆笑)1枚ですよね。お次は水戸機関区。キハ10との車体幅の対比をお楽しみ頂く1枚です。写した本人は決してそん...
  • 残務整理 - 2017/9/5
    残存案件中、最も地味なカテゴリー、キハ20です。今でこそ、いすみやひたちなかでスターダムに位置づけられていますが、まつしまの世代から前後十年程度の鉄道愛好者にとっては、日本中どこへ行っても出くわす形式で、せっかく汽車賃払って遠くまできたのに、またアンタかい…、てなカンジでした。残念写真は、そのアンタがデビューしたてのホヤホヤだった頃ですので、あくまでも、それまでに地方閑散線から客車を駆逐しつつあった...
  • 有効性、実感したことがありません。
    残務整理対象形式の中から、本日のお題はキハ20にしました。この形式についてあれこれ語るのは本当に難儀します。かつては、どこへ行っても見かけた形式で、キハ35よりはマシ、キハ17だったらどっこいどっこい、んでも、できることならキハ23のお世話になりたいもんだ、と思っていましたので、なにしろきちんとした態度で接したことがほとんどありませんでしたから。キハ40が登場するまで、まつしまのアタマの中の普通列車気動車ラ...
  • キハ20の部、完了っ!
    情けない工事監理や人が見ていなければ平気でズルしてウソつくリニアなんて、ため息しか出てこない現代の鉄道事情をいくら嘆いてみたところで、状況が劇的に好転するとはとても思われません。そんなのに向かってガーガー吠え立てたりブチブチ文句言ったりするより、昔の汽車を眺めてココロ穏やかなひとときを過ごすほうが、循環器系の障害予防とか精神衛生には遥かに好ましく作用することでありませう。斯様な次第で、まだ云いたい...

プロフィール

急行まつしま2号

2019/8/12 に Yahoo blog から移ってきました。2008/3/28 から活動しています。

残念写真はFH君(高校時代の同級生)の叔父さん(故人)が1960~62年にかけて撮影したもので、まつしま(以下、管理人という)は約40年前、高校卒業時にそのベタ焼きスクラップ帳をFH君から預かりました。

約半世紀が過ぎ、管理人にも終活準備の必要が迫ってきましたが、どの被写体もこのまま埋もれさるのはあまりにも惜しいと考えて公開を決意しました。

全ての記述と残念写真を除く全ての画像は、管理人によるものとお考え下さい。従って、残念写真に対する苦情・異議等は、いっさいお受け致しかねます。この点、あらかじめご了承頂くとともに、不同意の方の閲覧は(たとえ記事が全公開に設定されている場合であっても)お断り致します。

また、残念写真以外の全てについては、管理人の責任と権限で対応致しますが、管理人が【適切でない、相応しくない、好ましくない、不快である】等と判断した書き込みは、発見し次第、全て管理人の一存で警告なしに即刻削除します。この点も併せてご了解頂きます。

なお、上記の点は、全て【管理人の固い意思】であって【どなたからどのような種類の申し入れ等があっても応じない】こと、及び【どなたとの議論にも応じない】ことを、あらかじめ明記しておきます。

これらの方針に同意されない方の閲覧は当方から固くお断り致しますので、どうぞ速やかにご退出ください。

記事を閲覧される方は、(万が一紛議等が生じた場合も含めて)全てここに記述した方針に同意され応諾された方として対処致しますので、念のため此処に併せて明記しておきます。

原則的に【来る者は拒まず】が基本スタンスですが、ただし、管理者に対して過去に敵対的言辞等を執った事実のある者からの再接触等は、たといそれが当該敵対的行動の撤回及び謝罪並びに釈明等であっても、その全てを拒絶します。

もし釈明や和解の必要を感じたなら、その時点で直ちにそう処置した筈であり、またそう処置すべきでもありました。それをしないまま再接触を図るということは、

①なんらかの意図があって、非敵対的な態度を偽装もしくは隠蔽している

②記憶力に欠陥のある攻撃的性格

上記①または②のいずれかと考えざるを得ません。すなわち将来に於いて再び敵対的言辞を吐き散らし敵対的行動を執る危険性が極めて大きい者である可能性を窺わせる者である、と見做し得るわけで、そういう面倒くさいヤツと関わり合うのは金輪際願い下げ、二度と御免蒙ります。

そんなヤツに愛想笑いなどする気は全くありません。見つけたら直ちに叩き出して塩を撒くので、そのつもりで。

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