• 残念って?
    皆さん初めまして、まつしまと申します。よろしくお付き合いのほどお願い致します。不躾ながら、いきなりお尋ねいたしますが、この写真の【残念さ】、皆さんいかがでしょう、どのようにお感じになられますか?せっかく上野駅で、常磐線の急行の先頭に、試作機関車のDF90が、しかも濛々と煙を上げる暖房車を従えて写っているというのに、画像のド真ん中にデーン!と居座る架線支柱…ついでながら背後には旧形国電の常磐線電車まで写...
  • 海坊主
    いつも貴重なデーターを見せて下さる猫まんまさんから頂いたヒントで、さっそく捜してみました。DD50の写真は意外にも少なく、掲出した5枚だけ。ということは、2枚目と5枚目がどうにか見られる写真で残りの3枚は… という次第です。しかも最初の1枚。まぁ、ご本人の撮りたいように撮ればよろしいんですが、なぜわざわざ斜めに???こればっかりは余りにも▲◎X♪なので、『まつしまがトリミングをヘグッたんじゃありませーん!』と...
  • これも試作機関車です
    サンライズ琴平さんにお話しした【四国のビックリ】物件というのは、このDF91形試作機関車の写真です。写真技術的に残念なのはもはや【お約束】として認知頂いている、ということにしますので、皆様悪しからずご了解賜り度。でも、どうしてDF90が常磐線でDF91だと土讃線なのか、その理屈が分かりません。だって、高校の化学ん時に、【実験とレポートの心得】とか言われて、比較実験で変えていいのはひとつの条件だけ、ほかを一緒に...
  • ドイツ車ライセンス生産モデルのカタログ
    ** 2012/04/01追記 **画像ファイル削除(保存先:120401-削除-20080408-1659)** 追記終わり **【ドイツ車】で検索を掛けてここに飛んできてしまったクルマ好きの方、残念でした!これは鉄道車両でぇーっす! いや、誤解しないで下さい、ドイツの乗用車が高性能でしかもカッコいいうえに高い安全性と操作性を誇ることはよぉーく知ってます、揶揄する気など毛頭ありません。まつしまだって事情が許せば次の車庫証明をB...
  • これは鉄道写真とは呼べないなぁ…
    自分で掲出しておいて掲題のようなタイトルをつけるもの、考えてみれば不届き千万な話だと思います。どうぞご容赦下さい。でも、これは車両ではなくあからさまにスクラップの写真です。こんなのをなぜ皆さんのお目にかけたかといえば、すなわち、こんなのをなぜわざわざ撮影したのか、という疑問にそのまま直結する話になります。これ、なんだか想像つきますか?驚いちゃいけませんよ、これはDD10といって、戦前に製作された国産の...
  • まもなく亀山行きが参りまぁーす
    お待ちどおさまでした、10:39発、亀山行き普通列車の改札を初めまぁーす。という改札係の声に促されてホームに入り待つこと5分。熊野市10:39発122列車の到着です。始発駅は紀伊田辺、5時47分発。終着の亀山は15:58着。熊野市から乗っておよそ5時間、ゴトンゴトンと早春の紀勢線を揺られて行きました。なぁーんにも考えないで、春の陽光がうららかに降り注ぐ野辺や渚や山を眺めながら、本当にのんびりと走りました。紀伊長島・梅ヶ...
  • 試作ディーゼル機関車
    これまでに常磐線のDF90と土讃線のDF91について残念写真を記事にして掲出しました。ブログを始めたごく初期でしたので機器の操作にも不慣れでしたし、断片的なデーターばかりでした。先日来、残念写真のベタ焼きの本格的な整理に取り組んでおります。残念写真は1960-62年に撮影されたもので、もちろん現在見られる車輌など皆無に近いですが、蒸気機関車を別にすると、全く見かけなくなってしまった車両の代表格として電気式ディー...
  • その1 DF90
    撮影場所は上野駅、水戸機関区、常磐線水戸駅北方、など。撮影時期は1960年初冬と思われます。...
  • その2 DF91 その1
    同じような撮影位置の写真があるんですが、どれも画質が一長一短でした。ですので、許容できるかできないかはご覧になる方ご自身の判断にお任せすることにしました。という訳で枚数が多いため、DF91は2分割して掲出します。...
  • その3 DF91 その2
    DF91の続きです。...
  • その4 DF93
    これは房総線で営業運転に従事している姿ではありません。1枚目は1960年秋の博覧会での姿です。これに続く2枚は前出のDF90水戸駅北方と同じネガに写っていますので、撮影は1960年初冬、場所は水戸駅近辺と推定されます。最初にご紹介した【借入機関車】のデーターによると、国鉄が書類上の借用を正式に開始したのは昭37(1962)年ということになりますので、この時点ではまだ車体は日立製作所の管理下にあったことになります。DF93の...
  • その5 DD91 その1
    これはちょっと変わった資料です。1960年の博覧会のときにまつしまとーちゃんが貰ってきたパンフレットから複写したデーターです。仕様説明はくだくだしいので省きましたが、性能図表と3面図、それに紹介写真だけを載せることにしました。これは山陰線で活躍した機関車だそうで、後のDD54の原型になった形式だそうです。ということは、これは液体変速機搭載の機関車なんですね。まずはパンフレットの表紙。図面類のうち、正面図。...
  • その6 DD91 その2
    ということで、DD91のパンフレットの写真です。ここでの画像表示はひどいですが、拡大すればそれなりに見られる写真になる筈ですので…まずは側面写真。お次が、形式写真。これは公式記録に載せるやつですね。...
  • その7 フィナーレ と呼べるのだろうか? or 竜頭蛇尾??
    と、ここまで一気に手元の写真と資料をお目にかけて参りましたが、どん尻に控えしは、この機関車です。これ、予告編のときにシービーさんが『おっ!DF90ですね!』とコメントを下さいましたが、実はまつしまも、残念写真に総点検をかけるまでは、そう信じてきっていて全く疑いませんでした。ところが、形式別にフォルダーを作って区分しようと思ったところ、1960年下期の撮影なのに【DF901】のナンバーがありません。ありゃ…?でも...
  • その8 アンコール DD40 その1
    残念写真の中に、このシリーズの冒頭で書き忘れた形式があるのを思い出しました。液体式の試作機関車で、新三菱重工製のDD401→DD92です。これも借入機関車で、【100年の国鉄車輌】の記事によれば1962年に返却されたとのこと。関西(吹田ほか)の入換機として試用されたということですが、形式番号からみる限りではスイッチャーではなく本線用機関車の筈です。しかし、これまでご紹介してきた各形式が本線で列車を牽引するのにふさ...
  • その9 アンコール DD40 その2
    これでアンコールも無事に演奏終了です♪最後の1枚はご愛嬌、ですね。本当は、DD11とかDD12なんてのもどこかに写真があるんですが、これはこの項でご紹介した【試作】とか【借用・試用】とはちょっと意味合いが違うようですので、このカテゴリーには含めないことにしました。え? カッコつけるな? どうせ、どこにあるのか見つけられなかっただけなんだろ? ですって?そりゃ、ま、あの、でも、その、えーと…あ、逃げた…...
  • キマロキ撮影を終えて
    撮影者は山形から作並へ向かったようです。が、どうもおとなしく汽車に揺られてなどいなかったものと見えて、しきりにこういった写真が登場してきます。おおおっ!! なんとなんと、C51ではないかっ!! リベットだらけの客車には1等車の【1】まで。しかもっっ!!!どゎぁぁっ!!! DF50が奥羽線を昼間牽いて走る急行って云ったら鳥海401/402列車でわ!? おまけにこのDF50、茶色いぃぃーーっ!そいで、この後、仙山線で作...
  • とりあえず -その1/5
    12日にベタ焼きを掲出して記事にした【北陸トンネル開業直前の旧線、なんですが】の件、その後これといった名案も浮かばないまま日にちが過ぎてゆきます。で、引き伸ばしてみれば、あれこれとうるさい解説をつけなくとも写真だけで『おおっ!』という題材がかなりありますので、場所や列車の特定は後回し(←あ、コイツ、もう解析も解説もやる気なくしてるな!)にして、引き伸ばした写真をバーンと一挙公開しちゃいましょう♪まずは...
  • とりあえず -その3/5
    どんどんまいりましょう。あーあ、これスイッチバックのクライマックスシーンだのに、写真に傷がついちゃっています。残念無念…いきがかりで掲出してしまいますが、この写真は別にここに掲出しなくてもよかったかもしれないですね。でも、ま、【ゆのくに】が客車で運転されていたことがちゃんと判るわけですから、ま、三分の理を捜せば、『ないこともない』といえなくもない、みたいな?これはいいッスよね! 【敦1】の挿し札、...
  • うゎぁ… 解剖中ですか、これ…? -1/3
    光線のよくない工場建屋の内部でフラッシュなしで撮影していますので、どうしてもこういう写真になっちゃうんでしょう。加えて撮影者の技能という問題もありますし。これ、秋田駅を同時に発車するキハ82の白鳥とつばさが写っているネガ(ベタ)に続いて写っています。土崎の工場なのか、秋田機関区なのか、おそらく前者だろうと思いますが、1962年撮影ですので組み立てながら整備員や機関士たちに実地教育を授けるための教材の役目...
  • うゎぁ… 解剖中ですか、これ…? -2/3
    つづきです。こうなっちゃうと、本当になんの写真だか判んなくなっちゃいますね…撮影者は模型にも並々ならぬ興味を持っていたようで、それは以前掲出した横川機関区で憩うEF621を激写している様子からも窺い知ることができましたが、それにしても、ここまでエンジンを激写して、いったいどうするつもりだったんでしょうねぇ…?まさかこれも作っちゃう気だった、とか?んでも、実はやりかねない人だったようです、冗談でなく…撮影者...
  • うゎぁ… 解剖中ですか、これ…? -3/3
    もはや、なんの写真だか…けど、シャフトが丸見えの写真なんて、ほかでは見たことがありません、まつしまは。【この写真はすごいんだぞ!】なんてバカみたいなことをいう気は決してありませんので、強いてあれこれ掲出の言い訳を述べる必要もないとは思うのですが、とはいえやっぱり『なんのつもりだ!?』なんて怒鳴り込まれるのも御免蒙りたいと思いますので、『これはDD511の動輪と、台車と、それをエンジンとつなぐシャフトの写...
  • えー? また亀山ぁー?? 前編
    はぁ、申し訳ありませんです。しかも写真の質がずば抜けて低いときていますので、はてさてどうしたもんか、とは思っていたんですけれど、やっぱり旧塗装のDF50ですし、亀山といえばDD51ってのはそう昔の話じゃないんですぜ、ということを若いファンの皆さんにもお伝えできれば、などと老婆心を起こしまして。ご批判もあろうかとは思いますが、ここは撮影者の【新機種(当時)】に向けた思い(←結構ミーハーっぽい気もしますけど…)...
  • えー? また亀山ぁー?? 後編
    という訳で、つづきです。ちなみに細部の写真は台車フェチではなく【模型化への備え】であったものと推測されますが、しかし、人の好みというものにはちょっと他人の想像を超えた部分がないとも限りませんので、いまとなっては真相は藪の中です。茶色、というか、旧形客車と同じブドウ色に白い線が一本引いてあるだけですので、カラーでもモノクロでも大して違わないとは思いますが、それでも、一枚くらいカラーが混じってたら楽し...
  • 夏羽のDD15、の背後のノッペラボー…
    軽率に【夏羽】なんてコトバを使っちゃうと、動物学や鳥類の専門家に叱られちゃうかもしれないんですが、写っているのがDD13ではなくDD15ですので、その意味するところはだいたいお判り頂けることと思います。(←だーかーらっ!! 動物学者や鳥類学者はDD15がなんなのかってことを知らないんだってば!!)で。ここに冬羽の姿を一緒に並べて掲出することができれば、オチャラケて動物学の用語を使っても罪一等を減じられてお赦し...
  • これも…
    出張の途次、らしいです。ちゃんと仕事してたんでしょか???  とてもそうは思えませんね…ってか、もし、まつしまがこいつの上司だったら、絶対に一人じゃ出張には出しません。世間一般の普通の健全な管理者だったら、『仕事の成り行きに不安を覚える』という理由で【監視員】を同行させるんだろうと思います。けど、まつしまはそこんところが違っとりまして…仕事は、どんなにうまくやったって、失敗するときは失敗するもんです...
  • 今日の残念写真
    まぁ、そんなもんでしょうね、というナニです。奥の方に大糸線の電車が写り込んでいますから、これは松本駅なんでしょう。ということは、続く写真は篠ノ井線で、『どーーっしてもっ!!』姥捨まで待ちきれなかった、ってところなんでしょうか?意欲もパッションも焦りも、趣味を同じうする者として痛いほど判ります。判るんですけど。んでも、やっぱこれじゃあ、ねぇ… (ため息)...
  • じゃんじゃかじゃーーん!!
    再開した残念写真で、『おっ?』と意外に思ったほど皆さんから反響があった篠ノ井線のDF50型機関車。普通は、この時代のディーゼル機関車というと、蒸気機関車を追い立てる官兵(おいおい、蒸機はいつから反政府軍になっちゃったんだ??)のようなイメージで、【なんか威張っている】みたいで【憎ったらしく】て、だから【大っ嫌い】とおっしゃる方もけっこういらっしゃるのですが、やはりまつしまよりもひと世代お若い方が多いか...
  • 今夜はえらく冷え込んでいますね
    暖かさが恋しい晩は、おコタに熱燗。というのも、きょうびなかなか難しくなってまいりました。まぁ、町場のちょっと気の利いた飲み屋に行けば、掘り炬燵風の座席がなんぼでもあるんですから、わざわざ家庭争議を引き起こしてまで家にコタツの設置を強行する必要もなかろうと思っております。それに、コタツを設置したら、おそらく家中の者が全員、布団で寝なくなっちゃうことでしょうし(笑)なんてハナシはどうでもよろしいんです...
  • 蒸機はまたのお楽しみ♪
    せっかく発掘した写真です。残念写真ですから、できの良し悪しについてはお互いに【大人の態度】をキープしませうね、とゆーオヤクソクの下で、今日は篠ノ井線のDF50重連をご覧頂こうと思います。D51は、もうちょっとお待ちあれ♪これっぱかしの客車を牽くのに重連でないと保たなかった、というのは、電車を当たり前に経験している現代の人々からすれば半ば信じがたい状況ではなかろうかと思うのですが、機関車と勾配の関係って、本...
  • 無煙化って…??
    このブログの記事第一号に掲出した写真で、ちょっと遊んでみます♪ディーゼル機関車ってのは列車の【無煙化】を目的に導入された、というのは、1+1=2 の算式と同じくらいに日本国民に認知されコンセンサスが形成された事実です。なるほど、確かに機関車には煙突がついていません。けど、ちょっと待って下さいよ。機関車の後ろでモクモクと立ち昇っている気体って、これ、ケムリとゆーものと違うんでしょか??どれどれ、そんじゃ念...
  • よく判らないのですが
    1962年の1月か2月に撮影したようです。サンパチ豪雪の前年、ということですね。新潟か長岡、どっちかだと思いますが、形式はDD15です。油圧の遠隔操作で除雪列車の能率向上を図った一連の技術開発のうちのひとつなのでしょう。機関車の形式よりも、そこに取り付けられた除雪ユニットというかアタッチメントというか、それがどんな機構でどういう新機軸を内包しているのか、その実験項目はどのようなものであったのか。そういったこ...
  • DD15の残り
    先日、『よく判らないんですが…』と、半ば放り出すように掲出したDD15の除雪ユニット付きの写真に、この出来損ないブログを可愛がって下さる YASUZIROさんがとても丁寧に解説を加えて下さいました。本当にありがたいことだと思います。YASUZIROさん、まつしまが 『???』と、ただただ首をひねってばかりいた不明点を一挙に解明するかの如くご教示賜った情報の数々に、改めて衷心より厚くお礼を申し上げます。今後も、何卒よろし...
  • こんどはDD14
    先日来ご覧頂いてきたDD15に続いて、今度はDD14をお目に掛けることにしましょう。撮影場所はDD15と同じ、新潟か長岡か、はたまた新津か…DD15がDD13に除雪ユニットを付加した【改造型】であるのに対して、DD14は最初から除雪ユニットを運転するために【新たに設計された形式】である点が根本的に異なります。除雪方式はロータリー。翼を大きく広げた姿からは、まるで沖縄の海をゆうゆうと遊弋するマンタ(オニイトマキエイ)か、は...
  • なんだ坂こんな坂
    先頭に立っているのはディーゼル機関車だというのに、編成からはとんでもない黒煙が湧き立っております。御存知、北陸線旧線は山中峠越えの奮闘場面。スイッチバックも僅かながら写っております。しかし、落ち着いて考えてみると、北陸線というのは難所だらけの路線だったんですね。まずは木ノ本-敦賀-今庄ですよね。そして倶利伽羅峠、親不知、糸魚川-直江津と、山道・沿岸とにかく険路に次ぐ険路。ものすごい線区だったと思い...
  • 海坊主で防毒面装着消防官で
    先日の北陸線旧線のベタには、まだまだ色々なナニが写っておりますので。例によって画質はアレですが、お馴染み様の上得意であるところのひでさんがおっしゃって下さった【記録性】というコトバを金科玉条に(とゆーより、その尻馬に乗って、ないしは、それを機動隊の盾よろしく【弾よけ】にして)掲出を強行しちゃうことにします。こんな汽車が次から次へとガンガン走ってくるんじゃ、一日中同じ場所でカメラを構えていたって全然...
  • なんか、仕掛品とゆーか未完成品とゆーか
    この機関車に関していうならば、たしかに未完成品というのは必ずしも的外れとまでは云えないかもしれません。けど、この時期に続々と登場した一連の試作ディーゼル機関車の中にあって、廃車になるまで働き続けて寿命を全うした唯一の形式でもあったわけですから、未完成品というよりは【ほぼ完成品】と呼ぶ方がピッタリするんじゃないかなぁ、と思ってはおります。どの機関車のことをゆーとるのか申しますと、 ↓ これ…旧西ドイツ...
  • 客貨車が消えて
    気付いたときには、もう客車も貨車もその姿を駅のホームから眺めることが殆どできなくなってしまっていました。客車の普通列車に最後に乗ったのは、確か91(平3)年7月、盛岡14:00発で一ノ関まで乗った50系客車の1542列車だったと思います。時刻表を繰ってみないとはっきりしたことは云えませんが、おそらくその時期にはすでに一ノ関から南では客車の普通列車は姿を消していたんじゃなかったでしょうか。んで。普通の駅で客車と貨...
  • 改めて
    残念写真も無尽蔵にあるわけではありません。2008年3月以来、ずいぶんとたくさんご紹介して参りましたが、先月、記事の件数が2000を超えました。全てに残念写真を貼り付けたわけではありませんが、おおむね60%くらいは残念写真の記事だったのではないかと思います。掲出した写真も1枚というのは稀で、3枚から5枚くらいをいっぺんにくっつけておりました。少なく見積もって平均2枚としましょう。2000 x 60% x 2 = 2400そろそろ未公...
  • まるっきり同じ、ってわけでもない
    地味だった割には、静態保存されている車体があるようで、いまでもその気にさえなればその姿を目にすることはできます。とはいえ、東京からだとだいぶ離れた場所ですので、日曜日の朝ふと思いついて、昼ごはんがてらホイホイ出かけてゆく、というわけには行きませんが…。DF50型ディーゼル機関車。DF501-とDF50501-です。前者は関西線亀山、後者は山陰線米子のようです。本当は、後者は奥羽線米沢のカットを掲出したかったのですが...
  • 国鉄DD93型機関車
    2008年9月15日21時27分の【通りすがり】へ**********************************************投稿者: 通りすがり投稿日時: 2008-9-15, 21:27投稿内容:理屈はブログには要りません日記です管理人様お解かりでしょうか? 自慢の写真も良いでしょうけど今の時代無理せずこの時代に参加すればどうでしょうか鉄道は今でもこの日本列島を右往左往していますよ ニーズにあった物も必要...
  • 篠ノ井線ですね、これ、多分。
    以前、『中央東線ではないかと思うのですが』という内容のことを書いて掲出したことがある写真です。最初は松本駅。背後の電車が大糸線を示していますから、この時期(1960=昭35年当時)に国電とDF50が同じ画面に写る信州の駅という条件で考えれば、これが松本駅であることは間違いありません。それが重連で入ってきて客車につながるわけですが、これを中央線の列車と思い込んでしまいました。けど、中央線でDF50の重連が牽引する...
  • 120円の無駄遣い
    撮ったのは1990年8月ではなかったかと思います。この客車だか貨車だかよく判らない列車がディーゼルカーに置き換えられたのは、この年の秋だったんじゃなかったでしょうか。うまい具合に金曜日の関西出張があり、その当時、大阪支店に同期入社の鉄道好きが勤務しておりましたので、土曜の朝、一緒に早起きして乗りに行って、ついでに写真をちょこちょこっと写してきました。今はどうだか判りませんが、廃止になった後も線路がその...
  • グレードダウン
    このところ目に見えて被写体の質が低下しております。そろそろ題材が尽きる前触れ、ということですね。その余命がどこまで持つのか、まぁ、命脈が尽きたらそのときはそのときということで。78年(だったと思う)に乗った紀勢線122列車です。既に殆どが気動車になってしまっていて、狙って乗ったわけではないのですが、客車列車は既に少数派に転落していました。どこですれ違ったか覚えていないので、時刻表をひっくり返さないと判...
  • 11列車? それとも203列車?
    常々コボしているように、とにかく残念写真には撮影メモといった類の記録が殆どありません。ごくたまぁ~に何か書いてあるかと思えば…知らねーよっっっ!!判ってんならとっとと焼き直しときゃいいじゃねーか、バカヤロー!! てなカンジ。ですんで、これまでもベタに写った背景だとか並んだ優等列車の順番なんかで場所や時間なんてのを推理しては、【江戸川原コナンごっこ】なんて、家族が知ったらネーミングのあまりの情けなさ...
  • こんなに逞しく見えたんだっけ…?
    DD13がC11にとってかわり、そのDD13を次に駆逐したのがDE10でした。歴史年表風に並べると(向きが逆ですが)こんな感じでしょうか(笑)。もちろんそこまで単純でも一律でもなく、全国津々浦々で様々な新旧交代劇はありましたが、要するに入換用と本線運転用を兼ねた多機能機として、DE10は登場から40年経った今もなお第一線で活躍し続ける優秀な機関車ということです。そのことには異存はないんですが、登場した当初からまつしま...
  • だからっっ!?
    あんまりよいお天気じゃなさそうです。下関ですね、これ。架線の下で、背後に九州側の山が望見されて、ホームのベンチにうにの広告が出ていて…。ですからこれは山陰線の汽車です。判るだけで8両つながっています。ずいぶん長いですが、優等列車を示す札は挿していないようですから、普通列車なのでしょう。荷物車はつながってるのかな?で、それを引くのはDF50555♪500番台の55号機、the fifty-fifth product of the 500 group of ...
  • もう時効ですから
    撮影は1961年、もう52年前ですから。どんな規定違反であろうと時効。処罰しようにも当事者がいないんですから、今さら目を三角にして糾弾するなんて無粋なマネはよしましょう。奥羽線某駅。キハ55の準急と交換、島式ホームです。交換列車と通過列車の間にはホームがあり、先着列車の助士が通過列車の通票機関士に敬礼しています。次に奥羽線某々駅。ありゃ?なんか様子がおかしくないですか?あ゛ーーーっっっ!!!そうです。閉塞...
  • 最初はキレイだった、んじゃなかったっけ?
    なんでも最初はピッカピカの新品で、キレイに決まってんですが。まつしまが行き合ったDF50はどれもこれも油だらけで、『いったいどこを掃除してもらってんの?』と思うくらいに薄汚れた車体ばっかり。見る度に、なんだか可哀相になっちゃったもんでした。上の写真は紀勢線に乗ったときにカラーで写したものですが、以下の2枚との対比という意味でモノクロに変換してくっつけました。んで、その2枚とゆーのは、その1 @ 亀山機関...
  • 急に寒くなりました
    今日は熱燗で一献。身体の内側からポカポカとあったまってきたところで、寒々とした残念写真はなかったかなぁ、とか思いながらあれこれ眺めていたら、こんなのがありました。もう、こんな機関車は知っている方が恥ずかしくなるくらいなんですが、60年代初頭に続々と試作された無煙化(蒸気機関車廃止とその置き換え)のためのディーゼル機関車群のうちの1形式、DF93です。撮影は1960年初冬、おそらく水戸機関区か日立駅の側線だろ...

プロフィール

急行まつしま2号

2019/8/12 に Yahoo blog から移ってきました。2008/3/28 から活動しています。

残念写真はFH君(高校時代の同級生)の叔父さん(故人)が1960~62年にかけて撮影したもので、まつしま(以下、管理人という)は約40年前、高校卒業時にそのベタ焼きスクラップ帳をFH君から預かりました。

約半世紀が過ぎ、管理人にも終活準備の必要が迫ってきましたが、どの被写体もこのまま埋もれさるのはあまりにも惜しいと考えて公開を決意しました。

全ての記述と残念写真を除く全ての画像は、管理人によるものとお考え下さい。従って、残念写真に対する苦情・異議等は、いっさいお受け致しかねます。この点、あらかじめご了承頂くとともに、不同意の方の閲覧は(たとえ記事が全公開に設定されている場合であっても)お断り致します。

また、残念写真以外の全てについては、管理人の責任と権限で対応致しますが、管理人が【適切でない、相応しくない、好ましくない、不快である】等と判断した書き込みは、発見し次第、全て管理人の一存で警告なしに即刻削除します。この点も併せてご了解頂きます。

なお、上記の点は、全て【管理人の固い意思】であって【どなたからどのような種類の申し入れ等があっても応じない】こと、及び【どなたとの議論にも応じない】ことを、あらかじめ明記しておきます。

これらの方針に同意されない方の閲覧は当方から固くお断り致しますので、どうぞ速やかにご退出ください。

記事を閲覧される方は、(万が一紛議等が生じた場合も含めて)全てここに記述した方針に同意され応諾された方として対処致しますので、念のため此処に併せて明記しておきます。

原則的に【来る者は拒まず】が基本スタンスですが、ただし、管理者に対して過去に敵対的言辞等を執った事実のある者からの再接触等は、たといそれが当該敵対的行動の撤回及び謝罪並びに釈明等であっても、その全てを拒絶します。

もし釈明や和解の必要を感じたなら、その時点で直ちにそう処置した筈であり、またそう処置すべきでもありました。それをしないまま再接触を図るということは、

①なんらかの意図があって、非敵対的な態度を偽装もしくは隠蔽している

②記憶力に欠陥のある攻撃的性格

上記①または②のいずれかと考えざるを得ません。すなわち将来に於いて再び敵対的言辞を吐き散らし敵対的行動を執る危険性が極めて大きい者である可能性を窺わせる者である、と見做し得るわけで、そういう面倒くさいヤツと関わり合うのは金輪際願い下げ、二度と御免蒙ります。

そんなヤツに愛想笑いなどする気は全くありません。見つけたら直ちに叩き出して塩を撒くので、そのつもりで。

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